2012年01月23日

メモ

昨日から岡山西口の元コタンにて「寒をたのしむ小さなおまつり」展というのが始まりました。29日まで。
場所は「the market]を検索して下さい。

18年来の友人とこに泊まって、いろいろ話した中に
過去や記憶って存在しないの、そもそもが。思い出したとき作動する装置なの。

だよね〜だよね〜。

5年前の悪夢が去来すること覚悟で参加したらやっぱりでしたが・・・。
そして、その悪夢本体も生きて進化してるらしいことも伝わって来てて・・・。

なんだろうね、これって。久しぶりに嵐に揉まれたような感じだけど、、、あはは。

そんなことをぼーっと考えて運転してたら楮栽培の会長から電話。

ここんとこの悪天候で初めて「生仕事」故の大変さに遭遇してあたふたしてきた。

私は自分の仕事、ここの仕事、もう一分の余裕もないくらいぎちぎちな日程と天候とのにらめっこで動いてる。
やるだけやってダメならもう仕方ない。
だけど、10人からが関わってるこっちは、10人居れば10人なりに動けるはずだし、予測できるなら対処もできるはず。
失敗を人のせいにしてるうちは・・・・。指示を待ってるうちは・・・。あかんのよ。失敗してみないと、させないとわからんちゃね。


岡山は濃かったなあ・・・・
今までやってきたことや、やっぱりこういうところと繋がってるんだということ再認識。
そこに悪夢も参加してきて鍛えられた。
まあ長く生きてれば失敗もあるさ。
それでも、やりたいことははっきりしてきてるし、実際5年前にやりたくてもできなかった空論は形になってきてる。
久しぶりに「過去」を嫌と言うほど思い出さされたおかげで、こんなしょうもないことさっさとけりつけようと力入ったな。

自分がやらかしたことはブーメランのように自分の元へきっちり戻って来るらしい。これは20歳の時に聞いた話しで、その後見事にその通りなんだ。
日々、自分の中を点検して日々些細なことから大きな事まで選択する毎日の中で
自分が生きる上で誰かを犠牲にしたり、ないがしろにしてまで生きていないか?
大事なことを後回しにしていないか?
この2点が本当に大事。

自分はひとりでは生きていないんだよね、絶えず細胞レベルでは人に限らず、動植物うや鉱物などありとあらゆる物達と連係プレーしてるから生きていられるんだって、そういう話しを今朝してた。

50を過ぎた辺りから体力などの下降に転じて他者との繋がり方が変わってきてる。
若いときの方が自信が無くて他者に依存してたが、自分にやっと自信が持てるようになり、自分でできることを極める方向へ。
体力が衰えるなりの策は幾らでもあるし、できなくなっていくことはやらなくてもいいことなんだと思うと・・・
逆に今まで頭で考えて「無理」とかいろんな人に言われたり関係性の中で手を出せなかったことが、こうも簡単にできるのか?とあきれるような展開でもある。


ここに根を張る。
自給のカテゴリーを増やす。
そういう中でいろんな人達と今一度繋がる。
ここがあるから自分が在るということの再認識。

此処って?地名じゃない。
太陽が昇って、月が満ちかけして、土を耕して糧を頂いてる。地球上のどこでも普遍的行われてる営み。
そこに自分を埋没させる。自分が死んだらこの土になるということ。

あちこち行かなくてもちゃんと繋がってる。
そろそろ、そういうお年頃(笑)
posted by ハレハレ本舗 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年01月12日

へぐり

始まっています、今年も。

年末に剥いだ楮を今度は水に浸けて柔らかく戻して外皮のあまがわから外を包丁で1本1本削り取る作業です。
蒸し剥ぎは火を使う作業。
へぐりは水の作業。しかも、このへぐりという作業はここらでは昔もやっていなかった「新しい」作業です。
本来は黒いまんまの原料を原料商が買い取って、紙漉を引退したおばちゃんやじっちゃん達の小遣い稼ぎにやってもらってた作業。
もしくは紙漉の家ではじいちゃんや婆ちゃん達の仕事。
へぐりとる歩合で紙の質も変わってくるので、大事な大事な作業。

これをやれる人がほんまに少なくなってきています。
いくら良い楮を作ってもこれができないと、良い原料とならない。
なので初年度から全くの素人の皆に練習してもらっています。

昨年からは近くの小学校の校長先生のご厚意で浅いプールを借りられるようになり、ここで水中漂泊、そう、晒しができるようになりました。
昔は川に晒したりしたようです。
私はもうそのような光景は見たことがありません。
なので苦肉の策。
水道代も校長先生が教育委員会へかけあってくださいました。

今年のスタートは割と温くて、「お!楽じゃん〜」でしたが・・・
本日、やっぱりがっつり凍りました。

なんせ高齢者の多い協議会。
それでも凍ってる中に入って作業してくれるのです。
長老も入りたがるのですが、心臓発作おこされたらいかんので、辞めさせています(笑)


今日はこのへぐり体験にここの小学生が来ました。
大人達と同じよ〜〜〜く切れる包丁でやらせます。
面白いように、剥がれると笑顔がこぼれます。
大人と違って、言うことを良く聞いて丁寧に神妙な顔つきでやります。
昨年は危ないかなと思い、スクレーパーを使わせたんですが、。。包丁でもちゃんとできる。

そして独特の洗い方をやってプールへ。
氷にはしゃいでいたけど、いざその中に私が入って手を突っ込んでやり始めると、皆硬直しちゃいました(笑)

それでも感想は「もっとやりたい!!!」でした。
もう1回やるようになるかも。

協議会の10人以上がこのへぐりができるようになってきて
地域の子供達も覚え始めました。

想ったより填ってくれるので、ほっとしてます。

毎年この時期の名物作業になっていって欲しいです。

メンバーも集まって一緒に作業しながらわいわいと賑やかだし、おばちゃんたちが毎日昼ご飯を賄ってくれてます。
とれとれの魚の魚飯とか、つみれのすまし汁とかお手製の漬け物や餅や、今日は赤飯まで。
一つ釜の飯を食う。。。。
休む間もなく手が動き、塩梅よくふやけてうまく剥がれるときは口も良く動く。
戻し加減が悪いと静まりかえって怒り出す(笑)

その日の天気や皮の厚みで、うまく戻してなんぼ・・・・頭の中を楮が泳いでる私です。
みんなのへぐるスピードが各段にあがってるので、頭の中は大変です。

やっと、やっとプロ集団になってきた!
専門用語が飛び交います。
「これ、やけだ!」そう木質化した赤い筋。これをちゃんと取り去ることができるようになってきました。

こんなに大所帯のへぐり集団に育つとは正直初年度には諦めモードでした。
ましてや本晒しになったら誰も来ないのではないか・・・と。

が、今日の子供達の「面白い!もっともっと」で結構はまりどころなのかもしれないなって。


外で洗ってるとき蛇口で血を流してる子がいて「うわ!指切ったか!?」と駆け寄ると・・・
「へへへ・・鼻血です」と、力抜けたわよ・・・。
鼻にテッシュ詰めて、しっかり洗ってました。


追伸

コメントありがとう、栗坊さんと和紙Comさん。
なんせ、毎日これでして・・時間出来たらゆっくり返信しますね〜
毎朝4時半起きであれやこれやを走り回っておりまする・・・・。本日ももう寝る時間ですわ・・・
posted by ハレハレ本舗 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2012年01月09日

2012年幕開け

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ご挨拶が遅くなりました。
本年も宜しくお願いいたします。

昨年はもう自分のことなんか後回しな1年で、気がついたら楮の収穫作業に突入してた。
家族や親類縁者、友達、お得意様が圧倒的に東に居る私は錯乱状態だったと思います。
こちらへ続々と避難してくる友人達も居て、何が何だかの対応。
目先のことにここまで追われた年も初めてでした。
家族との対話、生き方、それらのやりとりも
なんで今までもっとちゃんとやってなかったのかというジレンマに陥り、紙どころではないはずなのに・・・・
災害もなく、遠い西の最果てに居るので、感覚的には「人ごと」のような場所で何事もなかったような空気感の中で
今までとうりに「続く」ことも継続していかなければならず・・・。


はたと気がついたら収穫作業へ突入してました。

でもこの作業にもやっぱり現れてきた。

なんでこんなことをやってるのか?
どうしたいのか?
自分自身はこのことを続けることで、どうしたいのか?

立ち上げてまだ5年のみんなとは「お金が全て、結果を出すことが全て」の段階。
一方で理想とする「お金が介在しない繋がり」を目指してずっと来たのに出来得なかった事が
いきなり始まった。
そこにはここ3年で来た若い人達の意識のおかげ。
あっさりと「やっていこうよ」と。
若いからとは簡単に言えない。実際に状況が彼等を青押ししている。
そこに躊躇してしまうのは私達世代から70代半ば。
80代以降は嬉々としてる(笑)じいちゃんと孫の関係だよね。

石の上にも3年とはよう言ったもんだなと。
3年を経過して内側が表面化してくるわけです。
見事に皆の内面の「陰性」が現実化して、各自ここまで出たら内省するしかないわけで。
人のせいにしたくても出来ない事がまさに「想定」できたけど「想定外」で
あとは家に帰って布団の中で考えて見い。簡単に答えは出る。
人のせい、お金のせいににできることは一つもないのよね。
想定外なことは全て想定できるからこそ、引き寄せるのです。

それぞれの「想い」を抱えてやっと手慣れて来た作業が続きます。
勿論、最高の原料を作る。その事一点のみ。とてもシンプルです。
5年走ってきて、目的そのものは絶対に揺らいでいません。
結果?
数字でしょうか?そこも出していきたいし、出さないと説得力も継続も難しい。
勿論、出していきます。


人の在り方。繋がり方。人同士、自然を見る視点の位置、自然と人間との繋がり方。
それがどれだけダイレクトになるかに鍵はある。
小手先の事じゃないのです。
言葉でもない。


何故か猛烈に忙しい年末にかけて「人類が神を見る日」という本を再々読してました。

ぺろーんと外側と内側がひっくり返る、めくれちゃうわけです。
そうやって人類とよばれる生き物は内側と外側をめくりながら来たらしいです(笑)
めくる瞬間に居るのが今だとも言えるのですね。

2年前からお米を作り始めたこと。
ハレハレ本舗の作業に農的暮らしを目指す本物の若い人が関わりだしたこと
若山楮の作業で古老達のポジションを皆がリスペクトし始めたこと。

原発の起こって欲しくない事態が発生したことで
それまで細くなっていた「縁」が中心軸になって再起動したこと。

私も自分の古い形骸化した皮を脱がないとあかん。
いろんなことが押し寄せる中で、シンプルになっていってます。

紙を創ることは喜びです。
これなくして今生の自分はあり得ない。全てはここへ帰結したいです。

どこへ向かってるのかハレハレ本舗・・ですが・・・。
それほど迷走してるとは思えない(笑)

今年もよろしく御願いいたします。
目を離せない展開になっていくのでお楽しみに!自分が一番楽しみなんだよなあ、わはは。
posted by ハレハレ本舗 at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年12月29日

ソローの森の生活から四万十暮らしへの自覚

今、玄関の上がり口に今年採れたお米を置いてる。
少なくたって、嬉しいのだ。

そしたら、先日下のおばちゃんが「今年は餅つきせんのか?昨年のだがきちんと保存してるのがあるから、やるよ」と30キロ来た・・・。
ここのも、自家用なので殆ど無農薬、たばこの後の作付でもないのでかなり安心。

そしたら、今日は大家が「今年ちゃんと採れたのか??足りないようなら、今年の無農薬の米余ってるからやるわ!」と・・・。

秋口にも30キロ来たしなあ・・・。

お米作り始めて2年目。
この2年一度も米買ってない・・・。
以前は大所帯で米びつが空っぽになって、安い米買いにスーパーへ走ったもんだ。
たま〜に30キロもらってもすぐに空っぽ!


今・・・・お米沢山!!

お餅は搗かないので、これで味醂を作ってみようと思う。
レシピは友人がアップしてるので、それを見よう!


考えてみれば・・・・

野菜作っても、元相棒からじゃんじゃん来る。
塩も昨年炊きあげ式で(海水を土鍋でストーブで煮詰める)やってたら貰うことの方が多い。
お米は書いたような塩梅。
薪も自力で採った試しはない。
楮も・・・・これはちょっと長かったが自家栽培してたから・・・・
昨年からの地域の楮が素晴らしくなってきて、いざとなれば此処に原料があるという奇蹟が産まれた・・・。こればっかりはスーパー行っても売ってないからな。
これはちょいと頑張った。お膝元に生産してるという状況を作らないとならなかった。日本広しと言えど、こんなマイナーな作物を作ってるところは年々激減してるし、自分と同じ無農薬となると、幾らもない。
なのでちょい頑張った(笑)
今年やっとこさ、自分達の暮らす地域にどんだけ楮があるか自覚してくれた。
長かったなあ、もう!

どぶろくは、つくらにゃ〜と言ってる側から・・・来る。
柚胡椒も、塩麹も作る・・気でいたのよ〜笑。

以前は大所帯で貧乏故にみんなが見るに見かねて
居候に若いおなごがいるので、逢いたい口実に
物が来てたんだと思ってた。

だが・・・・
じゃーないような気がする。

ただし、自分で作りたい、作るを始めると・・・・来る。
やらない物は来ない。


そこで思い出した。
17歳の時読んだ「ソローの森の生活」
憧れやった。
自分が生きる上で必要な物は全て自分の手で産み出すこと。
豆が何粒あれば生きられるか・・みたいな。

実際、簡単な服は縫えるし、陶芸もかじってる。
野菜、へたくそなりにスタンダードなものは作れるようになった。
ちょっとした棚(二三判用の棚くらいなら)作れる。
チェーンソーも草刈り機も丸鋸も使えるようになった。

しいて言えば魚釣るのがダメ。これも必死になればやれるだろうね・・。

そして・・・ソローさん、一人で生きて行くことの経済なんやが・・・
豆何粒とか、ストイックなまでの経済性は・・・・
農的生活では・・・はみ出るねえ。

旅人が赤線引きまくりの岩波文庫を「必ず返します」と持って行ったきりの
「ソローの森の生活」

もう返ってこなくてええよん。

洋服も、茶碗もものつくりの友人達が、ええのを作ってる。
力仕事は痒いところに手が届く若いのが沢山居る。
魚は漁師が居るし、山仕事もプロが居る。

それでもお米作るとか、野菜作るとか、花を育てるとかしたいし。
薪割りして美味いビール呑みたいし。
してれば、もっと極上が来るんだから、楽しみとしてやっていけばええねんな。
やってれば、プロのお仕事に手伝いできるし。

お米と薪と塩と野菜と生きた水があれば生きていける。
そして、それは余り余るくらい豊かにある。
友人達との繋がりと暮らす土を大事にしていれば、ずっと与えられていく。
そして、ただ「やってくる」ことを待ってるのでなく、ちょい自分でやってみるということがミソだと思う。
そこに共通の会話が生まれる。
へたくそでもいいのだ。
やってみようという好奇心は・・・引き寄せる。

それらを「物」にするのだ!と悪戦苦闘し続けたけど
物には向き不向きもあって、やってる内に周りにプロがようけ居ることに気がつく。
ここからは得意分野に絞ってもええかなあとか思い始める緩さが出てきたなあ。
若い力持ちの男友達が「なんでも自分でやってしまうんだよね・・・」と怒る。
そう、委ねることが苦手で来た。
今年各段に力がなくなってきてる、気力も続かない。
なのに、何?この楽ちん、極楽とんぼ。
気がついたら・・・・そういうことになってる。過去形です。
じゃー未来はどうなの?
未来という言葉をもう言ってる年ではないのではないか?
だが、今までも明日、明日の短距離で来てしまった自分に「想定」する芸がないのもあきらか。

今、生きてる、それもかなり幸せであること。
ならば、この先もしがみつかなければ・・・・とは思うが・・・・不確定要素は畳みかけるように質問してくる。
毎日、下界へ降りるようになってから「揺れて」しまう自分が居ることも確か。

「ようこんなんで生きてきたなあ、奇蹟や」という発想が生まれたのも今年。
見なければ、知らなければ良かったのに・・・・
だが、そういう人達が言う事の、なんか違うんじゃないか?ということにも敏感になった。

例えば「エコな洗濯できます。泡切れが良くて節水」という宣伝。
ちゃうじゃんね。
節水は自分の懐。
泡を出す、やばい合成洗剤使うことで川や海を汚染してる。
どこがエコなの〜?!
そういうロジックを目の当たりにする20年振りの世界で・・
自分自身にも質疑応答がてんこ盛り、弱さ露呈。浮世離れのつけ・・・。
そろそろ腹くくった方が・・・身のためとも言える。
あまりにもギャップが深い・・・。

身の丈という言葉がある。
その「身」には無限の言い分があり、無限の個性がある。だけどたかだか人間の「身」のことだけあげつらって大騒ぎしすぎてるのかもしれないと・・・「エコな洗剤」の特価品を買う主婦を見て思う。。。

そして、ほんの一瞬、この地球に借り暮らししてるんだから、ちゃんとした所作で暮らさないといけないけどね。
愛する長老達や友達が沢山、あっちへ逝ってしまった今年。

ほんの一瞬だなって。
posted by ハレハレ本舗 at 22:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2011年12月13日

若山楮刈り取り終了

3日間にわたる刈り取りが終わりました。

野生の本能と申しましょうか・・・・
収穫すること、それも山や河原という場所なので、畑や田んぼ、ましてやビニールハウスとかとは全く趣が異なります。
山菜採りと似てるからなのか、人間の方も動物みたいになりますね。
今年は大方高校の先生が試験中の生徒の代わりに来て下さり、1日がっつりやってくれたり
地元の小学生10人が来てやってくれました。

葦船で外洋後悔をするじんちゃんに教えられた「チチカカ湖民族のロープワーク」で束ねることを必ず伝えています。
大人より子供の方が呑み込みが早い。
「これ、お母さんに教えたろー」と頑張ってやってくれました。

本番は週末18日ですが
昨夜忘年会。

いやーもう盛り上がりましたね。
会長が唄うなんて・・・・目が点になりました。
そして、とあるおっちゃんには「こんなことになってくれて俺は嬉しい」と泣かれました。
80代の長老とは化学肥料、除草剤はあかん!!と激しく合意(笑)

本番前からこんなに盛り上がって大丈夫じゃろか・・・。

この若山楮を愛して絶対にやり遂げるという強い意志を保ち
自分のためなんかじゃない、この地域が元気になってくれるとこが望みであると言う役場の推進室のひとみちゃんあってのこと。
昨夜はその想いに釣られ泣きしました。
ほんとにありがとう。

最後に一本締めまでやはり出まして・・・。

本番に雪崩れ込みです。


自分の紙仕事も平行してかなり怒濤(笑)
今日は午後から臨時休業で爆睡です。こうでもしないと今年は乗り切れないなあ。
呑むより、食べるより、寝るに尽きる。

暦ご注文の皆様、ちょい待っててね。なんとか月末までには送りますからね〜。
もし、これをご覧になって「欲しいなあ」という方いらっしゃったら早くご連絡を。
注文数のみ最後の制作に入ります。
よろしく〜。
posted by ハレハレ本舗 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2011年12月09日

優先順位

今日からいきなり冬になった、高知は西部地方です。
早朝、強い風が吹き荒れて、昨日までの生ぬるい空気がしゃきっとしました。
毎日4時おきというサイクルになっての初めての冬。
まっくらです(笑)
今朝は星も出てた・・・・

今年は秋に雨が多くて稲木にかけたお米がなかなか乾かず、ひとまず脱穀して各自自分の分をむしろ干ししてます。
聞けば、自然農法の人達はどこも結構今年はむしろ干ししてる人が多い。
おまけに私は早朝バイトへ行くのでその日の天気が今一読めない。
星がでてるから、今日こそは!と星空の下、お米を拡げて出かけた・・・・
バイトが終わって出てみると・・・道路が濡れてる〜〜!
たった3時間の間に降った・・・みたい。
そういやー夏の梅干しも苦戦でした。
スコールが多くて泣いた。

午後、からっと晴れて今は見事なお月様。
明日から若山楮の収穫作業が始まるので、もう時間の猶予がない。

毎年、漉いた紙を干し、剥いだ楮を干し、へぐった白皮を干すという、一連の干し作業が続くのが12月から3月。
干し板をずらっと立て掛け、竿にかけてる楮を出してと・・夕方には全部取り込むし。
年々、12月に雨が多くなってきています。迂闊に昼寝もできない。
おまけに今年は早朝から家を空けるので、身体で察知する湿度の勘が狂ってる・・・・。


そこへこれまた干してなんぼのお米が昨年から始まった・・・。
サラリーマン農家の方が高いお金出しても機械を導入する気持ちが嫌と言うほど判った今年です。
休日に脱穀できるように天気は・・・・なってくんない。

こういう暮らし、仕事だと外へ稼ぎに行く事自体が絶対無理やなあと痛感させられている今冬。
それでも泣き言言ってる暇在ればやるしかないです。なんとか策を編み出すしかない。
原料からの紙漉、米や野菜を自給、仲間あってなんぼです。一人では到底無理。
幸い私は有り難いかな、仲間に恵まれ居るからできてる。
その辺りのことについてはまた時間あるときに書きますね。だいぶ頭と身体が一致してきました。腹くくる覚悟も整ってきました。


さて日常の今までもそうだったけど、更に今年は優先順位はっきりと。
一番は紙の色々。
2番は食料。
3番に洗濯物。

干すということ・・・
ただ乾けば良いと言うことではないのです。
紙は天日で干すことで地合がゆっくりと締まっていくことで、後の湿らせたりする加工作業で狂いが生じにくくなると聞いています。
紫外線に当たることで白くなるし(これは一概には言えないこともあるからちょっと乱暴ですが)

食料。
お米はもう圧倒的に天日干しが良い。美味しいし、虫がつきにくいし。
椎茸なんか天日でないと旨味や貴重なビタミンとかは無いのです。機械乾燥(今時は殆どがそうです)意味無いと言っても良いくらい。
ハウスの中で菌床で育てて機械で乾燥したのに放射能検出って・・・あり得ない気がしますが・・。
そう天日干しの食料もホントはもうあまり無いのではないかと・・
干すという作業がとても手間がかかるのだと言うことを知ってる人は少ないのかもしれません。
皮肉ですね・・・電気使って干してる食物。その電気が原発の事故で・・・。天日に戻る道も絶えていく・・。

そして洗濯物・・・。
義理の妹に孫が産まれて「絶対に外には孫の物や娘の物は干せなくなりました」と。
そうです・・放射能のことです。

お日様がどんなに頑張っても、もう干せない。

ここだってどれだけ安全かは判らない・・いつまでこの天日干しの暮らしができるか判らない。
干すという作業が当たり前に出来てきたことに感謝です。
その恩恵にたっぷりと浸れた僅かな時間を頂けただけでも尊いことです。
続けられる限り干し続けたい暮らしだなと思います。
そして干せなくなるようなことを許したらあかんとも思います。


今、お米が居間にずらら〜っと。来週から紙干しが始まるのでそれまでにお米乾いてくれないとってことで、座る場所も無いです(笑)
干し柿、切り干し大根・・・できるだろうか??
どうも12月は年々、乾物作業に適さなくなってきてる気がします。


さて久しぶりの更新でした。
先日の赤岡出店で、若い女性がやってきて「きゃー!きゃー!」と興奮するので、誰か有名人でもいるのかと見回してたら・・・
「いつもブログを楽しみにしてるんです!生身に逢えた〜!」と手を握られた(笑)
今日もとあるところで「やっと逢えた逢えた!」と抱きつかれた・・・・。
有難いことです。
もっとせっせと更新しないとね。

逢いたい方、18日佐賀町温泉に来たら居ますよ〜。
詳細はここ。
http://www.attaka.or.jp/pickup/p0515.html
竈の前に朝の4時からいますです・・・。
posted by ハレハレ本舗 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年11月08日

今年もやってきました楮収穫祭

3度目の収穫作業です。今年は12/18(日)です。朝9時には一回目の蒸し上がり。そして・・餅投げします!

この若山楮のことが始まって4年目。その前年にたった2人で既に始めたので5年目です。
最初の年はホントにもう収穫できて感無量でした。
http://blog.hale-hale.com/archives/200912-1.html

2年目は写真もろくにないくらい走り回っていた。
今、美濃和紙で修行中の青年が紙漉に入る前に楮のことを知りたいと来てくれたのも、みんなには有難かったし
「こんな人が居るんだ」という驚きでもあった。
この青年はほんとに寡黙に下働きに徹していて、おっちゃん達もびっくりだったなあ。
見ていてこの青年は間違いなく次の紙漉を担っていくだろうなと思ったもんです。

昨年は京都の黒谷で学んでるずっこけ青年が来たけど、抜けてても愛嬌なのか、やはり皆に可愛がってもらいました。

たまたま、バイクでお遍路してる北海道の青年がはまって野宿で(雪やったんよ)最後の片付けまでやっちゃったりと・・・

インド帰りのハレハレ本舗何故か通年ただ働きに来てるおなごとか・・・やはり通年ただ働きの元祖居候のおなごは隣村で赤ちゃん産んだし・・・
協議会の方々にもそれぞれいろんなドラマがあった1年だったと思います。
この事業を仕事としてではなく、想いから手を挙げてずっと支えてきてくれた役場の彼女はめでたくご結婚。初年度の担当の女性は赤ちゃん産まれたとかおめでたい話しも沢山ありました。

いろんなドラマを孕んで、それぞれの想いを重ねての大所帯の若山楮の収穫です。
まっさらな所からの5年ってすごいですね。

50年ぶりの復活なので、まずはみんなに知って貰う、長老の話を聞きながら伝統作業を身体で覚えて貰う。
おまけにこの地域ではやったことのない「へぐり」という誰でもできるわけではない、むしろ熟練が必要な職人仕事をやらせることを目論んだので・・・・

楮を蒸して皮を剥ぐことは誰にでもできます。
小学生に体験という餌で釣って(笑)剥がせる位、わはは。いやー馬鹿に出来ないです。
子供の方が神妙な手つきでそれはもう丁寧にやります。大人の方が言うこと聞かないですから・・・
なので毎年6年生35名は貴重な手なのです。山のような楮をあっという間に剥ぎます。
今年は5年生も入るので・・ぐふふ倍の手!!
高校生や、地元の自立塾も巻き込むので、蒸し剥ぎは完璧やなあ〜とほくそ笑んでおります。

問題は・・・・年明けてのこの黒い皮を真っ白な「本晒し」にすること。
これも3回目。
これを経験した協議会のみんなは、蒸し剥ぎの段階から頭が回るようになってくれました。
剥ぎ方によって後々に響くこと、束ね方、干し方でも違ってくることを学んでくれており、いっちょまえな言葉が飛び交うように。

ずっと17年間、孤独にやって来た作業の共通の会話が出来る人が少なくとも15人位できた。
私にとっては大きな宝物です。

一人でやるのと、素人である大勢とやるのでは、モチベーションも段取りも根本から違ってくるので
この5年は私にとっても試練の連続でした。
疲れたとか言っちゃダメ。皆が疲れてくる頃はお茶くみ!イベントにもしてるので踊れ!と言われたら踊るです。

今日は自分の楮でこの2月からの試しのだめ押しの作業してました。
みんなの癖、できるキャパ、勿論、人件費やらのことも含めての総ざらいしてました。
やっと今年のできうる限界点の合意が自分の中で決まった(理想は高いですが、それを押しつけることはできないから)
毎年、ハードルのバー上げです(笑)
自分的には却下したこともあるが、それで今年はやれると。

一方夜はこの小学校3校が今年から各学校毎に漉き枠を作ったので校章の透かしと格闘してる。
教育委員会に働きかけて高い道具作ったのです、校長先生達や先生、PTAの皆様、凄い。
私は一切営業してませんから(笑)

実は5年前紙漉辞めようかという事があって、その10日後にこのことが始まったんです。
そして、最初の年はもう泣きっ面に蜂でしたが、役場勢の強いプッシュもあってここまで来た。
そしてこんな素人のやることに、関心を持ち、サポートしてくださる世界紙文化支援財団の方々の存在が無かったら無理だっただろうと思います。

5年間、収穫すること、本晒しを作ることで、高齢化の波で失われていく、栽培農家と紙漉の中間地点を繋ぐ職人を作っていくことに
無我夢中で実際、地域に拡げるどころではなかった私です。
しかし、有難いことに関心を持つ人は確実に増えてきてる。
そういう繋がりを豆にお世話するのが苦手な私ですが、今年は「現場」もだいぶ大丈夫になってきたし、少し動かないといけないなあと思っています。
50年ぶりに復活させた皆も平均70代。それを20代、30代に繋げないと、またあっという間に存続の危機迎えちゃう(笑)

小学生達に「この楮は日本一です。みんなが大人になって生まれ育ったこのお宝の山や川や海で仕事ができるように私達も頑張ります。たとえ都会へ出ても帰ってきたとき、いや都会に居ても自慢できる場所にしていきたいです」毎回そう話しています。
小さい子達の目が一瞬光るんですね・・・。親や大人達からは「田舎ではだめだ」っていわれてるからでしょうか?
都会育ちで憧れて来た私の気持ちのちょっとでも、やがて大人になったとき思い出してくれたらと思うのです。
posted by ハレハレ本舗 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2011年10月23日

稲刈り

稲刈り3日目。
間に凄い雨と風と雷が2日。
せっかくかけた稲木が倒れたりとか、受け継いだ竹が劣化してたりとか、鍛えられてます。

今日は檮原という所で、これまたシングルマザーで頑張るべっぴんさんが手伝いに。
彼女も今年から米作り始めた。
相棒もシングルマザーらしい(笑)

女達の田んぼ、拡がってる?あはは。

昨年は沢山の人、遠方の友人達にも来て貰い1日で終わらせた。
今年はメインの3人で、既に来年を視野に入れて、田植えや草取りに馳せ参じてくれる近隣の友達にも意見聞きながらまったりとやってる。

今年は雨が多くてどんどこ水が入っており
猪もどんどこ入っており
自然農(耕さず、無肥料、1本植え)なので笑ってしまうくらい分蘖してなくて草の方が多くて。
それでも、どこどこは病気で全滅とか、猪に壊滅とかいう話しが聞こえてくると、採れてるだけでも感謝しきりである。


「こんな状況でも楽しげな笑い声がしてる田んぼってうちらくらいだろうな」と。
パートナーとかと畑とかやると、女性って「手伝い」みたいになることが多い。
実際、私も畑で相棒と喧嘩になったもんだ。

男性が居たらそりゃ楽である。だけど、自分の考えとかを「あかん」と否定されて、やっぱり収量が少なかったりするとコテンパンに叩かれるのって、ストレスやんと思う。

そして、女でもこういう事好きでやりたい人は結構いるのだ。

私は力ない、頭ないけど、薪の暮らしが好きでなんとか続けてる。
勿論、男友達に随分と助けられている、多謝!!
薪で風呂沸かすの大好き、たき火大好き。
しかし、カップルになると、この美味しい部分は殆ど男に持って行かれて、私はおさんどんしなさいみたいになってしまう。


ある時、面白い夫婦が来た。
田舎暮らししてるのに、彼女はキンキンの金髪、彼もド派手。
聞けば、彼女は大工さんなのであった!
旦那は「いやーもうかっこええで、大工してるときの嫁はん」って。


そんなことを今日何故か思い出した、ずっと忘れていたのに。

「もう、今日は終わりにしよう」となった頃から一人が藁で縄を編みだした。
こうやったんか・・こうかな?とか言いながら。
そしてつられて、みんな縄編みながら、夢中になってる。「ほら。長くなった!」「上手やねえ!」とか。
こういう緩いというかなんつうか・・これは女特有やなとしみじみした。
旦那と組んでたりしてたらこういう場合「先に帰って飯の支度しろ」となるからね(笑)
心ゆくまで味わえるのも女だけでやってるからなんだろうって。
子供達は「もう帰ろう」と言うのに母さん達は何故か縄編みを始めて、やっとこさ山を越える帰途へ。
どんどこ走って里へ降りてくると、刈り取りの終わった田んぼを3匹のうり坊がまっしぐらに駆け抜けるのを目撃。


そして4台の車は連なってコンビニへ入って
子供達はアイス、女達はビールを買い込んで「お疲れ〜」なのである。
暑い日だったんだなと、めいめいの手の中にある「エビス」見て笑った。

posted by ハレハレ本舗 at 19:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 田んぼ

2011年10月21日

せんぱ〜〜〜〜い!!

私は川崎市・溝の口にあった「多摩芸術学園」の絵画学科という所を通過している。
当時、絵画学科はできたてで私の学年で初めて3学年(3年制)が揃っためでたい年でもあった。
この学校は普通の専門学校ともちょっと違う雰囲気があった。
もともと(記憶は定かではないが・・)戦後、キャノンだかなんかの研究所やったか・・その後写真の学校として始まったとかなんとか。
当時は大学でも珍しい映像学科とか舞台美術の学科とかそういうのがあったので、学生には年食ったのもかなり居た記憶がある。
のんびりした、どこか60年代の雰囲気が漂う感じでもあった。
しかし、惜しいことに私が高知へ来るちょい前、多分20年ちょいくらい前に潰れて大元の多摩美へ吸収されてしまった。

なのに、高知へ来てから10年後、溝の口界隈のご縁が繋がり始め、なんと多摩芸の同期の写真学科の人と知り合い
彼は故郷がこっちなので、Uターンまでしてしまった。
今は四万十川の河口近くで照明アーティストだ。
「なんで、多摩芸の時繋がってなかったんじゃろね?」と互いに不思議である。
顔合わせば、多摩芸のことで盛り上がる。溝の口のことで盛り上がる。


さてさて。
その絵画学科の一つ上の先輩2人が先日原宿で展覧会を開催した。
行きたかったが・・・残念至極である。
タイトルも「グレートタマゲーノ!」
私はこの時代、悪友というか親友だな(笑)の下宿先にしょっちゅう家出して居候してたので、その近くには先輩達が沢山下宿してた。
そのおかげで、色々と遊んで頂いた。
だから同級生より先輩達の方のことが記憶に多い。
高知へ来るに際しても最後にエールを送ってくれたのも先輩達だった。


雨風の強い今日。
2人のコラボ作品が届いた!
箱にはでっかく「くみちゃん」と書いてある(笑)
懐かしい呼び名である。こっちへ来てからはもっぱら「みーちゃん」になってしまってるので。
数日前には片方の陶芸家の先輩からもお手紙、今日もう一人の画家さんの先輩から作品とお手紙。
あ〜〜〜。30年前が走馬燈のように〜。
中には懐かしいお顔の先輩が色々おって。。。わはは。やっぱり30年経過してると。

さて、雨が小やみになったので、庭に持ち出して写真を・・・・
IMGP0491.JPG


頭の方が画家さん。足の方が陶芸家さん。
風で揺れてうまく収まらない、すんません、ぶれてます。
頭の方を作った先輩は福島在住。手紙に「不安定です。震度計にもなります」とあった。ユーモア精神は健在だ!

これから落ち着いておふたりにお手紙書く。
私のブログ見てくれてるようなので、ここでも一言。

ありがとう。
来年は是非一発東京でと考えてたので、頑張るよ〜。

posted by ハレハレ本舗 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年10月14日

和紙を使う

IMGP0487.JPG



貧乏でも、皆に羨まれる事がひとつ。
それは料理の場面で和紙を使うこと。

今年は家の周りの柿がなりどしで、どんどん熟していってしまう。
ここ数年、柿があまりならずだった。
渋柿はなぜか不調。

甘柿は熟すと私はあまり好きではないのだ。
保存するなら手を加えないといけない。

なので・・・柿酢にすることにした。
大きな密閉式タッパーには4年前に仕込んだまんまの柿酢が居る。これを空けないと入れ物がないのである。
まずはザルで濾す。
つぎに、目の細かいふきんなどで濾すのだが・・・手頃なふきんがない〜。

思いついたのが、和紙。

失敗したのがたんまりあるのである(笑)
ザルの上に拡げて流し込む。


見事、透き通った柿酢抽出。
IMGP0488.JPG


楮の塵入りの紙でちょっとピンホール気味だったので、まだ少し澱が残る。
もっと綺麗にしたければ、雁皮のミスったので更に濾すといいのかもと・・・。
紙を買って下さるお客様にしたら「とんでもございません!」なことです。

お酒を寝かすのは待てないが、この柿酢はすっかり忘れてて4年物。
寝かすほどにお酢は良いみたいです。
香りが素晴らしかった、そして美味しいの!このまま呑みたい。そうだ!焼酎のお湯割りなんかにも良いかも。
だが一番は・・・鮎やマスなどの魚のお寿司に最高だろうなあと思う。川魚!
柿酢はお酢の中でもかなり上質な部類だそうです。
作り方はいとも簡単!
密閉できるタッパーなどへ、熟した柿(渋だろうが甘だろうが)へただけ除いて皮丸ごと潰して入れるだけ。
一辺にやらなくても熟したのを採ったら放り込む。(なるべく洗わない。)
皮に発酵を促す酵素がついてる、これが大事なんです。だから消毒してるのはちょっと辛いな。
以前パンを焼いていたときはこの熟し柿でパン種も作っていました。
柿は糖度が高く、酵素も元気。


さて、他にも料理では紙を使う場面があります。
天ぷらの時の敷き紙は絶対、自分の和紙。
売ってるのは怖くて使えない。
あれだけ真っ白なのって・・・塩素漂白ですもんなあ・・・。
家では人が集まった時に長火鉢でお一人様天ぷらやるのです。
揚げる食材と、鍋に油を用意する。衣を各自作って、自分でつけて揚げて食べる。自分の分だけ。
食べたいものを好きなようにやる。まるでチーズフォンデュの天ぷら版ですが・・この時に取り皿にいろんなミスった和紙を載せると・・
「うおお!!」と感嘆の声が(笑)


一昨年は東京で出店の時に知り合った、「麹屋」さんが麹の瓶の蓋に和紙!と使ってくれました。
どうやったんかなあ・・・。
味噌や梅干しなど通気性が必要な蓋にも和紙使います。新聞紙は嫌なので(笑)

鯛の紙包み焼きとかなかったっけ?
蛤の焼いたのも塩を盛りつけるのは紙がいいです。

と言うことでビンテージの柿酢に和紙ラベル張って、お使い物にしよう。
そして明日からまた柿酢作ります。
実はこの酢になる一瞬手前がワインになるとか・・・。ほんの一瞬だそうです・・・・。
なんとか幻の柿ワイン〜。なるか・・・。
posted by ハレハレ本舗 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(1) | ごはん