2012年04月05日

高知城「花回廊」

明日から始まります。
先日の凄まじい嵐でも高知城の桜は持ちこたえて、満月が中日の見事な采配の夜桜イベントです。
http://kochipark.jp/kochijyo/20120331/高知城花回廊が開催されます。.html

立ち上がった最初にお仕事を頂きました。
ハレハレ本舗にとっては、初の大仕事でした。
たまたま、どこかで見かけたうちの作品に目が止まり、とても嬉しそうにオーファーしてきてくださったことがつい昨日のことのようです。

ずっと変わらず量が少なくても必ずお声をかけて来て下さる。
普通なら、もっとこちらから積極的にいかねばならないのに、ハレハレはこの5年怒濤で一切の営業活動を停止していました。
そこへ昨年の震災です。
一昨年、紙ではない仕事を受けて考えた末、「うちは紙漉です。イベントの裏方ではありませぬ、申し訳ないですが紙以外はお断りします」
その時期に大事にしてくださった方が転職したりで、空洞になってた所へ震災。
本来ならこういうときこそ頑張るべきだった・・・・。

実際私が取った行動は・・・・
避難してくる友人、知人を受け入れながら・・彼等の葛藤を観て・・・
「紙漉とか言ってる場合ではないのではないか?」でした。アトピーが悪化する母子。
価値観の違いに直面する夫婦、経済のこと。
そうしてるうちに震災の大変さを老夫婦で乗り切った父が倒れました。
どんなに、心細かったかと思うと悔やんでも遅しでした。
そして今の老人や介護の問題もいきなりやってきて、今までのように好きだからと、のうのうと食えないような紙漉をやってることが
恥ずかしくなってしまったのです。
実際、経済的にも限界に来てました。
全ては自分が引き寄せてるわけで、一見するとあきらかに悪者に翻弄されてるようでも、やはり身から出た錆なのです。

早朝バイトに出ました。
もう、このやり方で細々と紙「も」やるしかないと腹くくりました。
それでも「紙」を辞めたつもりはなかったのですね。

毎年恒例の楮収穫作業。
朝4時には火を入れる、仕上がるまでは手抜きしない。
毎年と同じようにやったつもりでした。
今、思うとあの年末から年明け、どうやってバイトしながら回したのか・・・もう思い出せません(笑)

それでも言われちゃった・・・
「今の中嶋さんは紙漉とは言えないので」とね。

腰を痛めて、かなり限界に来てた頃、若山楮で大きな転換ドラマが生まれました。

バイト辞めるしか策はない。
どうなるか判らなくてもやはり紙の神様は諦めない。

ならば、抵抗するのは辞めようと思ったのです。
バイト先に辞めるわけを話したら凄いエールを下さった。
「紙で食えなくなったら何時でも戻ってこい!待ってるよ。でもあんたは此処にいるべきじゃない、残念だけど、寂しいけど、ここ、あんたが来てから上手く言えないけど何かが変わったんだよ、ありがとう」って。

はあ、これで朝の4時半からバタバタせんでも済むと思った翌日・・・

「花回廊です、もう時間ありません。紙頼みます」と・・・・。

ドラマだなあ。
「もう時間ないので、好きな紙でええですか?」
「任せます!」


遊ばせていただきました。
竹や木工の職人さんも恐ろしいタイトな日程でそれでも予定より数日早く完璧に届けてくれて「大丈夫か」とこちらを心配までしてくれた。
私自身も3つの〆切りをこなしながらも、紙だけに集中できました。


営業どころあ、音信不通になってるのに、最期の最期で「やはり」とオーファー賭けてくれた。


明日本番初日。
3年ぶりに現場入りします。

桜満開、満月、快晴です。


この5年の間の色々がもう思い出せません。
あるのは感謝だけです。
こうやって高知の西の端っこで細々と馬鹿みたいに頑固にやりたいことやってる一人の人間がなんとか生きてるのは
もう、それはそれは多くの縁の中で愛憎ひきこもごもしながらも深い縁の中で
生かされてると言うこと以外の何物でも無いのでしょう。
明日は頑張って写真撮ってきますね。
posted by ハレハレ本舗 at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント
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