2016年12月01日

若山楮8年目

始まりました、今年の若山楮の刈り取り。
温いし、国道脇の自生楮の葉っぱは青々ですが、畑のはなんとかトップ以外落としてくれてます。
今年はこの8年間やってきた「こぶしのさと」さんにお借りしてた窯場最後の年であります。
写真撮るのが苦手で下手くそなんですが、節目の年なので久し振りに皆を写真に収めていきたいと思ってます。

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現会長と、一番の長老88歳の元市野瀬の区長さんの「もふきさん」。
今日やった所は、もふきさんがずっと田んぼをやってた所とその下です。
田んぼを辞めたのが4年前です。
「お前、ここで米作れ」って言われたけど、壮絶なイノシシとの戦いを見てたので。。。
「楮植えたらあかんかね?」と問えば即答で「ダメじゃ!楮植えたら潰しがきかん!!」でした。
なのに、何故か〜何故か〜どこからともなく楮が生え出して、今年番頭と草刈りしながら。。
「ま、あかん言われたら刈ればええのよ〜」と残した。
もう、お年だし、流石に刈り取りには来ないだろうと思ってたら、ニコニコしてやって来た。。
会長が「段取り聞いて来たのでなあ」と。
10月末に草刈りした後、少し草が伸びてる通路を数日前に綺麗に刈ってある!
「うわわ、どうしよう?じゃんじゃん生やしちゃってるよ楮」と焦った。
ごめんね、ごめんね。来春は刈るから!と後を追っかけると
「ええのが育ってるな。やったらええ。」と・・・。
ああ、なんだろう?この感じ。
9年間開墾やら移植を一緒にやってきたリスペクトな「もふきさん」
喜んでたら・・・「去年のあの竃の焚き方はあかん!あれはあかん!」と今日だけでも3回位言われました(笑)
一釜ボツにしてるんですね、昨年。

さて、他にも。
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まちこさんの農作業ファッションは皆の関心が大!
今年はどんなん着て来るかねえ〜と気になってる人多い。
「なかったんよ〜ええのが〜」と今年はブルーです。ちゃんと上下セットです、帽子も可愛い。

今年のチラシに作業時の写真を一杯載せたんだが。。
もうとっくに他界してるおんちゃんとか載ってるのに、肝心の会長の写真がなかったと判明。
飄々としてて、それでて颯爽としてる。
姿勢が良くて足腰が軽い。
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5年前までの会長だった「元」さんとの息はピッタリです。
共に70代ですの。一緒に動くと顎が出ます。
明日もまた写真撮りますが、若山楮で唯一自由にできる畑が此処でして。
長太どんは高い所から皆の作業をじっと見て待ってました。
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時々、おちょくられ、怒られ、可愛がってもらった一日。
もうバタンキューであります。良かったね。
他に、番頭、新人さんなど今日は7人体制で、難所はほぼクリアーしてしまった。
毎年ながら、「仕事師」のみんなには頭が下がります。
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2016年11月27日

いよいよです


http://www.town.kuroshio.lg.jp/pb/cont/kuronavi-event/518
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うまくリンクが貼れないですが。。。
黒潮町のHP見易くなってます!
http://www.town.kuroshio.lg.jp/pb/cont/kuronavi-event/518
そして、有り難いことに、とてもしっかりと告知してくれてます!
「高知森と緑の会」さんから、今年も援助頂き「高知山の日事業」のひとつとしても開催です。
詳しくは黒潮町のHPをご覧下さい。
今年で8回目。
そして8年間続けてきた、「土佐佐賀温泉 こぶしのさと」さんでの作業場での最期となります。
普通は山奥のそのまた奥で行われている伝統作業を、国道脇でやるという、非常に判り易い場所(笑)
なるべく多くの方に知って欲しい、来て欲しいがために国道のガードレールの内側でモウモウと蒸してます。
友人の紙漉さんが山奥からやってきて「ほんまに国道脇でやりよる!」と呆気にとられたです。

毎年、関東、関西からのリピーターも定着して来てて「今年は何時?」と連絡が入る様にまで。
イベント日の11日(日)には来年へのご案内も会場に貼ります。
年々暖冬でもしかすると来年は1月にシフトするかも。
場所は既に決定してます。
新しい場所で、屋内で温々と。地元の出店も増やしたいです。

だけどね・・・・。ほんとに感無量です。
この場所で毎年やれたこと、それを受けて町が次へ繋げてくれたこと。
9年前には想像もできませんでした。
野外ならではの面白さは捨てがたいです。
歩いてたお遍路さんがガードレール跨いで3日間野宿してやっていった事もあります。
今年はどんな人がひっかかるかなあという楽しみもあります(笑)
イベントという収穫作業。
こんなアホなことをずっと支えて来てくれてる町の行政のみなさん、ほんとにありがとう。
posted by ハレハレ本舗 at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2016年11月11日

楮収穫作業

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10月に早々告知しました、蒸し剥ぎイベント。
これの何が面白いのか?
来た事無い人によく聞かれます。
そして、来た人は何故か毎年来たくなる。
イベントなんだけど、お客扱いしない不思議なイベントです。
来たら最後、ちゃんとやらないと怒られるという・・・だから無料です(笑)

昨年は畑で楮を刈り取ることをワークショップにしましたが、ネタ満載で今年は「へぐり」を裏ワークで。
そういう色々が出来るのも、畑から楮を刈り出さないと始まりません。
ちょっとやってみたい、がっつりやってみたいという方は是非お越し下さい。
12月1日から4日までの日程でやります。
やってみたい人は是非に!
連絡は私まで。
nakajima@hale-hale.com

仰山集まるようなら、前倒し宴会も考えます(笑)
楮収穫のいろいろな12月月間は盛り上がった日には宴会になるという裏情報チラリです。
宴会は段取りには含まれておりませんが、これがまあ、その・・・なんであります。
posted by ハレハレ本舗 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2016年10月25日

若山楮今年度の草刈り終了

昨夜、FBで愚痴こぼしたで、朝消そうと思ったら大反響(笑)
消せなくなりましたん。
ここ9年近く地域起こしとしての若山楮に全力で頑張ってるが故に自分の事後回しになってきてることへの自戒も含めてだったので。
やっぱり両方で成果出さないと、内情知らない人はそう思うねと。
身体は1個しかないのでねえ。
もっと「地域」の協力得られると思ってたのが、そもそもの間違いだったと気がついた時は抜け出せなくなってたとも言える。
当然と言えば当然。

だけんど一方で、楮マジックに見事填められたわけです。
逞しい雑草の如くはびこる楮の群生地。
きゃ〜きゃ〜と嬉しくてやってると、そこら中にあることに気がつく「地域外」からのオタクが更に輪かけるようにして
「あるで〜あるで〜凄い凄い」となって・・・今に至ってます。
これをどうやって地元に拡げるかと思ってやって来たけど。。
食いつかないのよなあ、地元。
単位面積で言ったらまだかろうじて楮は優勢だけど、収穫後の手間賃で消える。。。

お金に成るか?ならないか?そこら辺だと思いますが。
そもそも、大きい所が頑張ってもどんどん先細りしてて
もうお蔵入り一歩手前な世界故に、儲けだけ言われたら説得力は限りなく無くて。
そんなことも、自分が漉くだけなら全然どうでも良い事だったんですが、嫌でもこの世界の片鱗に触れる事ができたのも・・・。
「地域起こし」というポジションに立った御陰。
良く判ってる紙のメッカでは絶対やらへんな(笑)
助成金もらっても付け焼き刃に水で、助成金なくなったら終わり。
助成金はシビアだから、最低賃金とか言われますし(笑)
そういう仕組みには全くもって乗っからないし。

さてそんなこんな今朝は今年最後の地元小学校の「楮畑」授業日。
もう芽掻きも草引きも終わりました。
うっすら黄色くなった葉っぱをはたいて落としてる子。
自分の背丈の3倍に伸びてる先っぽ見てる子。
軽トラで通りかかったおんちゃんが
「仰山子供が来て何しよる?」と目を細めてた事。
ああ、これで充分じゃないかって思った。

ほなら、数人が叫んでる。
まあ、毎回畑では色んな事があり、食べられる草のことなんかも話してるので。
今日は「ニラ」がそこら中に瑞々しく生えてるので「これニラだよ」って言うと「え?誰が植えたが?」
ノビルも仰山あって「これ美味しいよ」というとすぐちぎって食べる子。「中嶋さん、コンニャクどうなった?」
ああ〜子供って一度話した事は絶対覚えてるんだなあ!
「そろそろ掘ってみるから」慌てて言いました。
大人である自分しっかりせいよ!って(笑)

で叫んでる先へ行くと、蛇の抜け殻。

脱いでまだ時間経ってない。
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子供が切っちゃって繋げた。
見事な抜け殻で、頭も目もあります。
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ほんとに全部脱皮するんだと私も驚いた。
長さは1b以上ありまして。
「これ財布に入れたらお金ガッポガッポ!」と言うと
「聞いた事あるで〜」と。
今日は昨夜愚痴言ったせいか・・かなりの厄日になってた。
なので、獣の被害もなく(毛虫はやってくれたけど)無事収穫までに漕ぎ着けそうなので、鉄柵にお守りとしてぶら下げて来ました。

地域が起こらなくても、この畑の今年の出来映え見たら
小学生が手入れした楮はダントツでした。
「今年の畑作業は今日で終わりました。皆の頑張り見てて私達ももっと頑張らないといかんなと思いました、ありがとう」
お世辞でもなんでもありません。
子供達が「なんで下の楮はここと違うの?」という鋭い指摘(笑)
大人は忙しいんだよ、お金に換算すると・・・って言いそうになって、はたと気がついたんですね。

蛇の抜け殻を見つけたのも子供達。
そういう柔らかで無垢な気持ちに今日出逢えておばさんは感無量。
高知大学の地域協働学部が入ってくれるということを、この小学校の校長先生はとてもとても楽しみにしてくれてます。

地域起こしというのは、子供達と子供達に関わる父兄や先生達なんだと。そしてそういう受け皿の中に飛び込んで来てくれるのは
実は地元以外の人達。
これからの「地域」の在り方の先っぽにいるなあって思います。
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2016年10月20日

2016若山楮イベント

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今年も来ます。若山楮の収穫イベント。
昨年のフライヤー同様、京都から移住して来たアーティストの山元彩乃ちゃんの作。
去年のもとても好評で、「そもそも紙ってどうやってできるの?」という素朴な疑問に優しい絵で解説してくれて
映像で取材に来たケーブルもこのフライヤーを上手に使ってくれました。

今年は会場に居るおんちゃん、おばちゃんの写真が随所に。
あ、数年前に亡くなった長老の写真は捨てがたく、今回も起用(笑)
おんちゃんの仕事する姿に若い人惚れましたねん。
で、おんちゃんも数日のイベントで若返りましたねん。
おんちゃん、今年も出てるよ〜。
ちなみに伴侶のおばちゃんは現役で全ての作業に出てくれてます。リスペクト!
そして、昨年へぐりに体験に来てくれた「クッキーメロンパン」が当日販売にも来てくれます。
蒸し剥ぎの窯場の早朝居ると、中村で仕事の際に国道からおやつ差し入れしてくれたフッキーさん。
誰もまだ来てなくて、七輪で入れたお茶に浸して食べたラスクの味は格別。
今年はメロンパンで子供達に!
こういうの凄く嬉しいです。
あ、へぐりの時の差し入れの純米酒は一瞬で消化(笑)一緒に呑みたいね〜。

で・・・
町の広報でも「若山楮の後継者」と宣言した番頭は裏の白黒に。
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フリーだった昨年は家に寝泊まりして早朝から叩き起こされての収穫作業でした。
今年は町の地域起こし協力隊として頑張ってます。
この番頭がやっている「へぐり」がここ数年何故か人気でして。
今年の収穫作業の「裏版」にへぐり体験もご用意しました。
蒸し剥ぎより更にはまること請け合いですが、厳しいですぞ。

今日も色々とお手数かけてる役場の担当の方が「一昨年、蒸し剥ぎまではやったんだけど、その後をやってない」と。これ、個人的に気になってる様子。
気になるね(笑)
畑から刈り取って来て、おもろいように剥いだあと、どうするの?これがどうやって1枚の紙になるの?

これはどこから、どういう「手」経てこうなってるの?
これが凄く大事だと思うのは便利になる世の中と正比例してる私です。
学校ではなんちゃ教えてくれないから。
其の点お膝元の拳ノ川小学校の子供達は恵まれてるなあ。
結構みんなハマってる。
一年間全部やってるからだと思う。
コレハ、ドコカラキテ、ドウヤッテ、コウナル?
これが大事。

「体験」や「ワークショップ」で「やり方」を知れるだけでも貴重なんだけど・・・。
そもそもの、収穫して加工作業となる「紙の素」には実に多くの「手」が介在してる。
その現場の空気感こそが今求められてるって思う。
自分もずっと一人ないし、手伝ってくれる友人達だけでやってきたので、この若山楮になってからのカオス感はたまらない。もう独りでやる気にならんです。
大所帯でひとつの目標に動くのは実に大変でひと言では言えないこと仰山だけど
毎年やるから少しづつ変化して行く。これがたまらない(笑)
私自身も随分育てられて丸くなりました!

15年くらい前までは今の集落の下の川で楮を洗ってると、おばちゃん達が野菜を洗いにきたり
洗濯物洗いに来て、色々と話したもんです。
「こんなことが面白いかえ?都会から来たからなんじゃろね。自分らの子供らは、帰ってこんよ。あ、流れたで!」

お年寄り達は「こんなこと面白くもなんともないんだね」と味噌にする大豆を洗ってたりする。
今は誰も来なくなった川の洗い場・・・寂しいね。



たった数日だけど、こんなことが面白いか?これはこうやってやればええんだ!
毎年ドラマ満載です。
スタッフのおばちゃんが来て言います。
「中嶋さん、この子に賃金払わないといかんで!」見ると学校上がる前の女の子です。
朝からずっとハマって剥いでたそうです。
この場所でやる最期の年。
いやもう、ようやったとしか言えませんが、ここで事故も火事もなく9年やらせて貰えた事に感謝です。
新しい場所で餅投げするより、ここでの最期に餅投げたい私です。
実に多くの方々にご迷惑もかけながらやってきました。
新しい場所、若い人へかろうじて繋ぐこともできそうです。

是非、お越し下さい。
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2016年10月18日

若山楮のロゴマーク

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若山楮のロゴマークが出来上がって来ました。
黒潮町に8年前だったかな?移住して来た友達に作って貰いました。
作業にも来てもらっていたので、「作って!」とだけ。
優しい手書きの字と山の両側にはお月さんとお日様。
若山楮の特徴的な葉っぱです。

今年末のフライヤーも注文中で、このデザインも昨年に続き彼女にお願いしました。
一時期は田んぼも一緒にやってたり、田舎暮らしの面白さをどんどんやるパワーに良い刺激も貰ってた。
町のマーケットのフライヤーもロゴも彼女。
ありがとう、彩乃ちゃん。

こうやってロゴマークが決まる所まで来たんだなあと9年目の若山楮。
とにかく、とにかく、畑!畑!
とにかく、とにかく、知ってもらう!
とにかく、とにかく、売る!
気がついたら9年も経ってるのには唖然としてます。
自分のやる気が失せたら終わりというのを、ヒシヒシと感じながらも、ここまでになったんは・・・。
やっぱり年々関わって来てくれる人が増えた事。
「なんだかよう判らんが、面白い!」と町の行政がずっとテコ入れ続けて来た事。
めげそうになった時は、普段見えてなかったバックボーンの皆様が尻叩いてくれたこと。

このロゴマークで気持ちも新たに始まります。

私的には紙漉きというカテゴリーを越えて「手仕事、野良仕事での喜びを分かち合う」場所にしていきたいのです
どんどん失われて行く一方で人の中にある「手」ということ。
これは絶対になくならない。
実は沢山のデザインの中に「手の絵」が入ってたんです。絞り込む上で凄く悩んだ。
だけど、「手」は皆にある。ストーリーには絶対手が必要不可欠。
その手のこと考えると「あの手もこの手も」となる。
この「手」を一緒に作ることで共有したいから、あえて「手」のないデザイン。

そして、何でもコントロールできると思ってる人の勘違い。
お日様、お月様、雨風、協働する仲間、家族。
そういうのがなければなし得ないことへ今再びと想うから、このロゴマーク大好きです。
なかなか、ネットで発信出来る体制まで行けてないので、暫くはハレハレ本舗経由。
これもいつかは!って思ってます。
どこかで見かけたら宜しくです。
愛されるロゴにするには、これからの自分達次第です。
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2016年10月16日

原料の大掃除始まった

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長年溜め込んで来た原料を全部紙にする!というのが始まってます。
自分の原料もかなり溜め込んでて、年々良い原料になるにつれ後回しになってる山!
写真を整理するのと似てて、「あ、これあそこで採って苦労した奴や」とか束になってるのに記憶はしっかり残ってて、いやほんとかなり、やばい作業始めてます。
それに比べれば若山楮はたかだか9年なんだけど・・・
関わってる人の多さから、走馬灯の様に皆のことが思い出されて膨大!
毎度長いですが、毎日感動、感謝なんで(笑)
そして、楮栽培、加工、紙漉に携わってる皆にヒントあれば。

今日は「待ち」の多い工程の日。
釜で煮てるのは若山楮最初の年に初めてへぐって失敗したもの。
最初の年は自生してるのを伐採した1年目だけでは足りず。
目方を量るということもあって、年間の草刈りには興味なしだったのに、いざ収穫となったら、あちこちから見つけて来て
「どうだ!太いだろう!目方あるで!」と持ち込む持ち込む。
これ自分達のエリアにどんだけ楮が生えてるかを判ってくれたとも言える。

5年とか経過してそうな楮ばかり。
「あ、いや〜それは紙にするん大変やのに」と言いかけても
自慢げにトラックから運ぶ皆の士気をくじくことになるなあと。

案の定。
へぐり始まったら・・・「へぐれん!水に浸ける時間もっとかけなきゃいかんろ!熱湯かけてみたらどうや?!」となった。
あるおばちゃんが「なんで中嶋さんの原料はおもろいようにスルッとへぐれてこんなに白いの?」と聞いて来た。
やった!それに気がついてくれたか!
「一年ものでないと、こうならんのよ、皆が採って来たのは5年以上経ってるから太いけど、白皮にはならんのよ」
「そっかあ」おばちゃんは此の時点で「気がついた」
だが・・・
男衆は3年目まで刈り取りの日は一目散に山や河原へ走り
得意満面で「太い」のを持ち込む。
これは、山菜とかそういう発想で、それだけそこら中にあるということに気がついたわけで。
そして「目方あってなんぼ」というDNAの凄さをマザマザと見せてもくれたわけで。
質の善し悪しより「目方」。
昔は目方誤摩化すのに、束の中へ石入れたという話はあちこちで聞くのである。
だから太い=目方=お金という図式。
もう全部やけ!とか当然入ってて。紙漉は泣くのである(笑)

へぐることなく、剥いだ皮で出荷するということは
自分達の作ってる楮の「状態」を知る事無く済んでしまう。
後は野となれ山となれ。これ絶対おかしいのだよ?って思ってた私。
互いに、ここの農家のはあかんとかとかそんな話ばかりで風通し悪いなあって。

だから、私は若山楮をへぐって白皮にまですることを続けて来た。
自分達がへぐるもんだから、へぐりやすい楮というのはどういうもんなんか?を知らないといかん。
仕事に誇り持てなかったら、ただでさえ一次産業って衰退してるのでお金に成らんという発想が蔓延してる。
せめて自分達のは日本一だよ!紙漉さんが喜んで使ってくれる!という「誇り」だけでも得ようと。

4年目気がついたおばちゃんが、意気揚々と野生の太いの採って来た人に・・・。
「それ、へぐれんで!」と言った瞬間を一生忘れない(笑)
これは真夏の暑い日に草刈りする自分にも突き刺さった。
あ、蔓が巻き付いて傷になると、おばちゃん「嫌やもうこれ!」って捨てるなあって。
だから、おばちゃんが鼻歌混じりにへぐれる様にがんばるということになる。
良い仕事、誤摩化しない人の為に畑での作業も変化して行く。
以前スタッフがこれやり過ぎて(笑)365日楮オンリーとなった。
これはこれで・・・採算採れへん。
だけど、おばちゃんは「今年のは凄いでね!やけが1本もないっ!」って。。
ああ・・・。最上というのは・・採算採れん(笑)
タイミング、タイミングとずっと暗中模索だな私。

おばちゃんは蒸し剥ぎの時点で、やけだらけの皮も触って判ると捨てるのである。
つまりその後の自分が苦労するから(笑)
このおばちゃんにとある原料商から試しに六分へぐりの仕事やってもらったら・・・。
「中嶋さん、ヤケ凄くてあれいかんけど、出来高じゃから悩んだ。
もうやりとうない」というキッパリ宣言。

今日そういう「へぐれんかった」塵あり、ヤケ満載の9年前の原料を煮てる。
赤筋入りとでも呼べそうな紙になる。
この9年で育てる事の大事さ、あらゆる天敵の影響、そういう一年を経て得た原料を丁寧に加工するという所までになった若山楮。
出来高じゃなくて、お互いのリスペクトだと思うのです。
勿論このリスペクトに対しての賃金のこと必死になって捻出してきてる。
ボランティアじゃないのでね。

いやはや、へぐれなかったこの楮は簡単にも煮えないわ。
だけど、この野性味が実は好きだったりもする。
今、煮直し中。
今年のへぐり体験で、9年前の紙と昨年の若山楮の紙を
皆に見てもらおうと思う。
一瞬の瞬きな9年間だったけど、これは紙漉の私のお役目だな。
そんなこと思いながらの煮熟作業です。
少しでも良い紙にしたいし、使える紙にします。

やけをどんどん捨てて、少しのやけも取り去るおばちゃん。
大所帯でやってると、おばちゃんみたいにやる人もいれば
まあええかっ!な人もいる。
全体のモチベーションをあげるには、その場でいちいち言うより
結果見せる方が大事。
此の仕事が面白く、皆と一緒に続けたいと思う人達が残って行く。
おばちゃんは知ってか知らずか?
作業場のモチベーションを上げる陽気な人。
彼女抜きでは仕事始まらないって皆判ってる。
私?私は雑用係です。段取り組んだら皆が一番やりたがらないポジションをやります。
で、どんな工程でも楽しいのよ、嫌なことって実はないのよとやってるんで。。。
どんどん人がやってくれるんで、掃除係しか残らなくなって行くかなあ。
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2016年10月15日

今年の楮畑の草刈り終了

若山楮の今年の草刈りは終了しました。
畑作業は、このあと今年お初の事はやるけど、鹿やイノシシの被害もなく、台風の被害も奇跡的になく、毛虫被害も最小限度に。
最高の原料作ろうと思ったら・・・。
畑の中に住むしか無いね(笑)
この3年間、ほぼ一人でやってきて、5反の維持の大変さ骨身に沁み込んでいたので、町暮らしで初めての草刈り機を半年でマスターした番頭の御陰です。
こんな金にもならんし、ずっと付き合って来てくれた長老達も来てくれなくなってて心細くも一人でやるしかないのか?って思ってた今年、いやもう。金の草鞋履いててでもな番頭!
草刈りという肉体労働よりも現場を共有できること。
相談相手が要るということほど心強い事はないですね。
賃金払えないよ?ろくに。とか一杯今までのやり方ではダメだった、人が育たなかった、人が残らなかったというのを
全面に出しても「大丈夫です〜」という番頭を俄には信じられない自分が居た。
が・・・本当にこの半年仕事の休みを使っての初めての野良で、ふわ〜っと軽く消化してるから驚き。
好きな事をやることってこういうことなんかなあ・・・。

他にも若山楮にはかなりコアな若い人達が町外、県外から関わってくれてて、町から一歩も出ないのに(笑)
楮の情報一杯です。
番頭始め、みんな「楮」に引き寄せられてハマり所のツボが同じかも。
引き寄せて釣り上げてるのは私ではなく楮なんだとホントに思うのであります。

最期の草刈りで思った事。
昨年、鉄柵が台風で決壊したところから、イノシシ&鹿の被害にあった畑の楮。
移植ではなく、自生地をキープしてたのですが。
昨年、10月の時点で3回位の食害だったもんで。
それでも必死に出てた楮。
10月の草刈りで「これは今年は使えないだろう?!」と一斉に刈り飛ばしてしまったんですね。
人間の都合です。
これを楮の気持ちになって解釈すると。。。
鹿だろうがイノシシだろうが、そして人間だろうが・・・。
喰われるのと刈り飛ばされる事は同じなんだね。
楮殺すには鹿に3度喰わすこと。って聞いた事あります。
それでも梅雨明けに頑張って生きてる証しを見せてくれてたに。
「ロクに採れない」として10月に刈り飛ばした私達。
鹿と同じ事を人間が「4度目」にやったんだと今日思いました。

自生楮で優秀だった畑が、今年は当時までに復活しなかった。
トラウマというか・・・。
いろんな天敵にもめげず、夏以降も頑張って伸びた楮は
冬の収穫時まで残す様に。
たとえ、それが細く短くも、他の楮達と同じ様に扱う事。
自然農で自生楮でやるからには、人間の欲は脇へ置かなきゃいかん
来年の芽吹きの為に、膝丈までに必死に出た楮達を今年は刈り飛ばす事無く全部残しました。
そういう気持ちも番頭は判ってるし、無言で大して指示せずとも小指程の楮も残します。
移植した株もやはり今年成果を上げたのは半分。
でも頑張って「生きてるよ!」の楮の声。
3年後には紙になる株になると思う。
気が遠くなりそうなことだけど、3年ってあっと言う時間。

つい昨日まで扇風機ガンガンで水被っての野良。
今日はヤッケ着てますもん。
一年に一度しかない収穫作物で紙漉く私達は、地面見てたら時間の感覚なんか、あっちゅうまで。
ついこの間の暑すぎる、くたばりそうな湿度なんか・・遠い記憶になってます。
これをして「今、ここ」なんだろうなあ。

しかも紙漉き始まってるので、もう毎日が、お天道さん頼み。
明日は雨予報。
やること満載で雨なら雨のシフトです。
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2016年07月28日

若山楮サポーター

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若山楮は黒潮町に自生してる楮があって、23年前に移り住んで来た私がまず助けられた。
資金もなく、経験もなく、細々とながら紙漉に取り憑かれていた私は、とにかく山や河原の自生してる楮に
助けられて続ける事ができてた。

若山楮というブランドが60年前にあったことは知ってたけど
自分一人で何ができるんや。
自分が食べて行くのも大変なのに。
それでも山で採取するときの感動から畑を得て維持管理を覚えるまでの8年近くで、それはもう試練と失敗ばかり
なのに辞めなかったというのは常に傍らに楮が生えてる環境だったから。
若山楮が立ち上がった時「恩返しだな」と思ったし、それで出来る所までと軽く思ってた。

今、お膝元の地域の方々、小学校、役場がどんどん加勢してくれて
「絶対に無理」と言わしめた方々の見通しを裏切る形で(笑)当初の想像を越えた形になりつつある。

年末の収穫作業にいろんな人達が集まって来て、ここで更に何やら「次」のムーブメントがまき起り。。
集まって来てる皆が結構凄い人達で、何が起こってるんだろう?って咄嗟には咀嚼できてない自分。
当然、肝心の協議会の皆なんか目が点です(笑)
これはひとえに楮のチカラなんだと思う。
かみになる植物への深い愛情を共有できるということだけで、これだけの人々が集まって来る。
そもそもの私だって楮に導かれてる人生だから(笑)

2泊3日で兵庫から2人の若い女性達が来てくれた。
一人はこの1年半作業に通い続けてくれて、そのスピリットで自分の今の場所で立ち上げようと頑張る。
もう一人はもう10年以上前からの知り合いで、ここ数年で一気に紙の世界に入った友達。
2人は私が関知してない場所で既に知り合いになってたというのも縁の深さを感じ入る。

冬の作業に参加して写真を撮り続けてこんなフラッグを持って来た。

なんとかなんとか地域の人に理解して欲しい。
その為にコツコツとやることでしか伝えられないってやってきた。
昨年辺から一気に弾け始めてて、一人じゃどうにも無理だとなった矢先に、勝手にサポートのメンツが揃い出した
それぞれの想い、次へのビジョン、そういうことに少しでも何か得てもらえたらそれに勝る幸せはないのかも。
このフラッグに写ってるみんなはサポーターが多い日でした。
今冬の作業はもっと凄いメンバー集まります。
そして受け入れる地元の長老や小学生。彼らが遠方からのみんなを引き寄せてるんです。
これらを上手に繋げたいというのが今年の私。

新しい作業場にこのフラッグはためかせて、次なるを呼び込みますよ!
ありがとう、あいかちゃん。
そして、必ずやキーマンになりそうな、さくらちゃん。
あなたの故郷は此処にあり。
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2016年06月21日

いろんな世代

高知大学の地域協働学部という新しいカテゴリーの取り組みが始まってます。
今日は二組目の視察でした。
FBにもアップしたので、以下同文となります。
私自身、何が起こっていくのか?
どうなっていくのか?
まあ、とにかく始めてみようというのは・・・・
そもそもの若山楮の8年前の立ち上がりと今回も同じです。
やっぱり興奮してますが(笑)
続ける中で育つし、育てていきたいと思います。
FBで見た人は重複しますが(笑)
若山楮は次へのステップを確実に歩んでいます。


写真どころじゃなかったです。写真あれば良かったとも思うけど。「取材」の立場というより
一緒にやってる現場が好きなので、写真ないです。その内誰かがアップするかな(笑)

予報はかなりの雨、雷だったんだけど。。。
随分前から楮畑のお世話を頑張る子供達に
「大学生来るから、先生してね、厳しく教えてね」って言ってあった
一回目のときは雨でできず。
本日2回目もかなり諦めてたのに。。
青空出ちゃったよ。
子供達、大学生という、集落にはいない世代のお兄さん、お姉さんと一緒にやれると張り切ってたそうな。
一緒にやりたいという子供達の想いが雨退けたかのようでした。
引退して、楮栽培をなさってる元校長先生までお越しに。
子供達の手には大人が使う本物の剪定鋏が!
「大学生のみんなは、太くて採れないのは子供達のを借りて下さい」
コンビになっての総勢36人かな?数える暇もなかったです。
1時間という枠内で2反の楮の芽掻き終了しちゃった。。。
大学生はこの後来るのは11月。
子供達は来週も。
今日芽掻きしても来週もたんまり出るので、子供達に頑張ってもらいますからねと。
こんなに丁寧で大所帯で世話されてる楮って他にもあるかなあ。
「こんなこといつもやってるんですか?」に。
会長が「いつもはこの人一人だよ」って私を叩く。
「実際、手が無いから・・やれてません」と私。
高知は「芽掻き」という作業をしないので
大学の先生の田中君が
「これやってるのは、高知ではここだけです」と補足。
番頭もバスでガイドしてるし。
私喋る必要なし。
メンツが揃い過ぎ(笑)
芽掻きを高知はなんでやらないのですか?の質問には・・・・。
実は未だに理由が判らない私なんで。。
「多分暑すぎる高知なんで県民性でしょう」と答えました。
爆笑されました。
やってらんない・・だろうなと推測。
それにしても、大学生と小学生とても話が弾んでましたね。
子供大好きな会長も凄くうれしそうでした。
柚子を一人で頑張ってる会長も「柚子作業にも是非!」のアピール
収穫作業に大勢の色んな世代が一緒する楽しさに目覚めつつあります
食部のお弁当も頑張って下さいました。
地元食材ですから。
日頃コンビニ弁当ばかりなので、嬉しいですという大人も。
前回はお代わり3杯したのが居て。。。
今回ご飯50グラム増やしたと。
だけど、ご飯炊けました!にお代わり行列。
若い人の食いっぷりをリアルに見れて、おばちゃん達びっくり。
こういうことも、日頃年寄りしか居ないと判らない。
そして誰もが立派な楮農家の専門用語で会話してる。
8年前には想像もできんかった光景が目の前で。。。
狐に化かされてるんじゃないかとさえ思った。
ここから一枚の和紙がふわりと彼らの手に舞い降りる瞬間がやってくるかと思うと、ちょっと興奮しますね。
大事なことは、ほっといても引き継がれていくんだなあ。
残り2反の芽掻き、一人でも消化できそうになってきた。
私も頑張るぞと思えた。
今年の若山楮は更に極上です。
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2016年06月19日

赤楮

梅雨も中盤です。
赤楮と書いて「あかそ」と呼びます。

P1020965.jpg


梅雨の晴れ間を狙って草刈りが続いてます。
一昨年から年末年始の収穫作業に手弁当で通い続けてきた「番頭」。
めでたく、この春から黒潮町民に。
念願の(?)楮畑の草刈りに週末の休みを投入してくれてます。

幡多地方の楮は赤楮1種が殆どですが、たまに東の地域で栽培されてる、もう1種の赤楮が居ます。
畑へ移植の際に間違えて2本程植えてしまいました。
生命力が旺盛で、気がついて抜こうにも、繁殖する。
成長ぶりも、こちらの楮より断然早く太い!
5月頭に芽出しして、既にこんなに差がついてます。(写真中央の奥の背の高いの)
ただし重たいのか・・・株元の枝部分が歪曲して全体的に傘状に広がる傾向。
かたや幡多の楮はまっすぐ天に向かって姿勢も良いです。

梅雨時にどれだけ手を入れられるかが大事。
幸い、そんなに蒸し暑くもなく作業は順調に進んでいます。
何よりも若い番頭が一緒だと楽しいのです。
タグ:赤楮
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2016年05月20日

明るい兆し

満月がすきっと上がってきたね。
日曜日が満月(私の手書き暦が間違ってなければ笑)

「誰が見ても、異分野の人が見ても、なるほど、そうか!」と
理解出来て、協力したい!と思える企画書を。
今月に入ってから、その作業が続いてて、とても学びが多い。

なんせ、紙漉というもんは・・・・・。
世間のイメージは限りなく博物館クラスです。
え?それで食えてるの?です。
しかも原料栽培からやっており、その原料である楮もそこら中に
生えてはいるが、やっかいなだけで、これが田んぼもできない中山間の主要作物で、作れば飛ぶ様に売れたのは戦後少しまで。
衰退して行くのを目の当たりにしてた今の高齢者では、意見がはっきり別れたのは無理も無いです。
まずは楮栽培で、ここの地域に注目を集める・・・・が最大の目的としてやってきてますが。
地元の中には懐疑的な人もいるので、なかなか進まない。
ダメになった理由があるじゃろ?
もうそれはあげ出したら限りなくあり、どこまでも行く。
冗談抜きに、日本はどこへ行くんだよ?まで行く。

都会から移住して来た若い世代とかと話してると、意外とすっとコミットできることも
ずっと田舎に居る人の方がコミットできない。
「あんたどうしたいの?」である。

その辺りがずっとジレンマだったのだけど。。。。
今回の詰め作業で、「判り易く」ということが出来てなかった自分も猛反省。
楮が育ってるのはまぎれも無く、荒れて行く中山間の奥地です。
そこに暮らす人達への配慮が足りなかった。これがまずひとつ。
行政がサポートしてくれてるのに、彼らへも日頃からのコミットが足りなかった。

確かに一人でアップアップしながら作業して来たけど、ここへ来て。。。。
「なんとかこれを続けられる様にしたい」
「他に無い何かがある」
「なんで、コレに遠方から人が来るのか?」

いよいよ、これらにちゃんと「判り易く」答えられるステージが来てる。
だけど、一人では無理よ〜、私が出て行って喋ったら何日も喋るし(笑)
ここ数週間で「私も俺も説明出来るで!」になってきてる。
これがやりたかったんだね、私。

気がつけば、8年目の若山楮は結果出すための肉体労働から新しいステージに向かってます。
今日も一番の難所の斜面の楮達救出草刈りしてて。。。
ジャングルだったこの斜面を開墾して来た、かつての楮最盛期を知るおんちゃん達の仕事ぶりが彷彿と。
「お前さんよ、まあ何かと大変なご時世だけど、ここの楮はピカイチよ」と天国に一足逝っちゃった、おんちゃんの声聞こえて来た。
斜面に対してこの角度で伐らないとあかんで!
あの日、ざっとした切り方してた人の後から伐り戻ししてたおんちゃん。
まあ、難しいことは判らないけど、続いてれば「ええこともあるさあ」である。
作業には入れないけど、なんとか若山楮を存続させる為に必死になってる人が沢山いるんだよ。
この想いを大事にせなあかんね。
皆の想いを大事にしてこそ・・・・・。
奇跡がひょいっとやってくるんだね。
奇跡が来なくても、私はもう充分有り難い気持ちで一杯です。
誰も見向きもせず、誰もそこまで関わってもくれず、ただただこの一帯が「なんでコレで和紙やらんの?」
みたいな環境でやらせてもらってきた。

今、楮という植物を軸にかなり専門的な日常会話できる人がどんだけ居るか。
小学校の子供達の質問なんかを原料商の人聞いたら腰抜かすよ。
もう孤独からはオサラバです。
気になる、気になる次のステージが作らなくても自然に生まれてる。
草の中で埋もれて作業しながら、次への話し合い。
続けて来て良かった!

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2016年04月21日

芽吹き

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何年やってても芽が出るまでは「出るんだろうか?」と毎年胃が痛い。慣れません、絶対に。
そして今年3年ぶりの移植でしたので、プレッシャーは半端ない。
優秀だった5畝程の株を移植したので収穫量に即影響します。
「3年後に株立ち」なんて猶予がない若山楮。
出なかったら、それこそ山狩り覚悟な今年。

春の芽が出る前の草刈りに入って1週間。
古株はここ3日くらいで出始めてます。
問題は移植した株。
作業に関わってくれたみんなが。。。。
「掘るのはユンボ、剪定したりと大変なのに、植えるのこんなええ加減で出るの?」って。
そのええ加減さは半端無く・・・・。
まあ、そう思うよなあと私も。
根拠はあります。
若山楮のおかげで(結果出さないとあかんから)ありとあらゆることを全部やってきてます。
一方で自然農の仲間たちにも楮じゃないけどヒント貰って来たし
日本民研の昭和初期の頃の沢山ある映像の中に「これだ!」というのがありまして。
全然楮じゃない(笑)
東北のどこかの地野菜のことでしたが、それは山の植林と関係が深く、その植林のやり方に起死回生のヒント。
これについては、またいつか書きます。
自信はあったけど
「こんなええ加減なでつくのかよ?芽が出るのかよ?」と言われると返事に窮してしまってた。

それが今日出ましたよ。
昨日は出てなかったので、産まれて半日の楮の赤ちゃんです。
母体はずっとずっと国道の下で生きながらえて来たおっかさん。
このおっかさん、3月も終わりにユンボでいきなり掘られた。
でも作業してくれた人達が「生きてくれよ」と大事に大事にしてくださった。

畑に移植したスタッフのおばちゃんが「こんなええ加減なんで出るかよ?」と心配してたので
今日会議でかなりシビアだった最後に「芽出たで!」と言うと・・・・
「出たかあああ!出たかあああ!」って。
会議での行き場のない空気感で胃痙攣が治った(笑)単純至極。

長年やってますが、今年程ハラハラした年はないです。
出ました。大丈夫です、ええ加減で良いのです。

でもそのええ加減にはハラハラドキドキがくっついてきます。
それを回避するために皆色々と頑張るのだと思います。
そこを考え過ぎたり真逆の楽を求めると変になるんじゃなかろうか?
地面や周囲の姿を良く見てなるべく変えずにやることには常にハラハラドキドキです。
毎年そうやって「あ!出た!」という感動はとても大事で、うまく行かない時はこちらに問題がある。
ただそれだけの事なんだけど折り合いつくまでに20年かかってるやん私。
こうした方がええよ、肥料使わないとできんよ、除草剤なくては無理よ、子供いるんだからお金必要よ。
一杯一杯刷り込まれてます。
育ててるんじゃない。自分が育てられてる。
失敗したならば原因は全部自分にあります。
作物にも土にも問題はないのです。

なんちゃって偉そうな事言いますが、、、
人間も生き物ですからね。。。。
私の場合呑みすぎた〜とかで大事なタイミング外す事も多々で、それが収穫に影響しちゃい時もあるわけです。

とにかく。
今年の楮の芽吹きには教えが仰山濃縮です。
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2016年04月11日

若山楮始動

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例年より早めですが、草刈り始めました。
昨年、悠長にしてたら、カラスノエンドウが凄い事になってて何処に楮があるのか判らなくなって大変だったので
今年はとにかく覆われる前に!!
刈草が山になってる所に楮が居ます。
今まで色んな草刈り刃を試して来たけど、良いの見つけた。
刈りながら、寄せたい所へ寄せられる。
刈草が唯一の「肥料」なので、まき散らすなんて勿体ないこと至極。
だけど広い〜広い〜畑で集め回るのは大変。
刈りながら楮の株元にどっちゃり入れるやり方です。

今日の感じでは、まだ芽吹きはしておらず、このタイミングでやっておけば後がとても楽。
耕作放棄地でジャングル化してた畑には、一枚だけ手入れされてた所があって
シバザクラが植えられてすぐでした。
かなり広がって草を押さえて、見事な花盛り。
石垣の保護にもなってる。
鉄柵の周囲にも植えたいなあと思うけど、また苦情が出てもいかんので辞めておきます(笑)
そのうちやるからっ!
グランドカバーにはもってこいの花ですなあ。

さて畑の中に黄色い花。
西洋タンポポかもしれないけど、昨年まではオール白花でした。
日本の在来種は今は殆ど見ないと思う。
明日、図鑑を持って行って観察しますが、日当りの良い所が黄色。
湿り気の多い所が白と棲み分けしてるようです。
何気に黄色は残しておきました。
今年いきなり生えてました・・・・。
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黄色いタンポポがあるところは、カラスノエンドウが少ない、スイバも少ない。
雑草だ!となんでもかんでも刈るのではなく、そこに住まう草のチカラもお借りする。
開墾当時はここはイタドリの天国でしたが、今は1本もないです。
環境が変わったんだね。

3年前に植えたコンニャクも今年は秋に収穫。
生姜や荏胡麻もトライしたけど失敗。
今年は合歓の花が咲く頃に大豆を蒔いてみようと思ってます。
友達は麦もいけるのではないか?と。

兎も入れないしっかりした鉄柵を張ってるので、楮だけでなく、食べられるものもやりたいと皆思う。
いわゆるコンパニオンプランツ。
根菜は楮の根っこが表土に近い所を編み目に網羅してるので収穫の「掘る」というのが難しい。
コンニャクどうやって掘ってるんだ??

なので半日陰でも育つ「引き抜ける」もの。
昔見学した畑では小豆をやってました。
豆類ですね、これなら私でもできそう。
問題は収穫後・・・だけど。まずはやってみよう。
収穫後が大変だよって一杯聞かされてるけど、まずは収穫することです。
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2016年03月25日

楮の移植

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訳あって、借りてた畑を返すことになった。
ここは2011年の3月にハレハレの畑から株を掘って、移植した所。
なのでまだ5年しか経過してないのです。
ハレハレの畑は「勝手に生えてた野良株」の8年目。
たまたま、居候達が居ったんで、総動員プラスシルバーさんで、あっというまに掘りあげた。
それを、震災で千葉方面から避難してきた家族達が合宿状態になり
いくら大きい家ともいえど子供も含めて25人状態で煮詰まってきた。
特に父ちゃん達は煮詰まってたので、発散させたほうが良いと体の良い理由で若山移植決行。
あっというまに定植したけど、根付くと思えなかった。
それが、見る見る根付くどころか倍々に増えた5年間。

私は楮栽培をどこかで教わったことがない。
そもそもハレハレの最初の7年間は山や河原の自生ものでしたので、先生は山です。
どういう所を好んで群生するかは山から教わった。
果樹とか桜とかそういう「木」を植えるというのとはちょっと違うなって思ってました。
例えばコンクリートの地面に落ち葉が堆積してる所に見事な群生があったりするのです。
植林作業とかも知らないけど、あるビデオを見た時、これだ!と思った。
地面を薄く皮をめくるみたいにしてそこへ苗木を差し込んで地面の蓋する。。。
ということで、若山楮はその後も移植作業を続けて来たけど結論から言うと。。。
植えるから大きな穴を掘って、草は養分を取っちゃうから抜く、そこへ株を深く植える。
これやった年は全滅に近かった。

つまり極力「何もしない」が正解でした。
雑草そのまんま、数センチめくって、差し込んでめくった地面で蓋する。

ただし、株を掘り上げるのは人力の場合斜面なら有効。
5年前に移植した平地の場合、人力が無理と会長判断してユンボを急遽調達してくれました。
3時間弱で掘りあげた株は5倍くらいに増えてた(笑)
その山が上の写真。
このまんま植えるのは大変なんで根を剪定します。
太い長いのを切って細いヒゲ根を残す。
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一本の根っこのランナーから何株も出てるのは一株に切り離す。
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先ほど書いた様に地面へ。
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で、用意してたお米の籾殻をどっちゃりと振りかける。
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畑全体の様子。
P1020799.jpg

すでに柔らかい草が青々してきてる中にあって移植した楮がどこにいるのか一目瞭然。
少々地面から根っこが出ても、土を求めて根は自然に土中に潜り込みます。
その際に、必要な水分は雨が降らなくても周囲の草から夜露を受けて、籾殻の中で蓄えます。
籾殻は適度に湿度を発散するので腐ることもない。
色が黄色なんで、「ここに楮がいるよ〜」という目印の役割もします。
強風が吹いても飛びません。
株の中から雑草が生える抑制をするし、適度に乾くので株が腐りにくい。
私は「籾殻農法」って言ってます(笑)

今回全部人力、手も足りない中での段取りでかなりテンパってたんですが。。。
声かけたら強力な助っ人が集まって一瞬で終わってしまった。。。
うわああ!であります。
やってくれたみんなが「これ何時頃発芽する?」って気になってる。
うまくしたら5月には発芽する筈。
掘って、植えて、育つのを楽しみにしてくれてる人が沢山いるほど、楮も頑張ります。

今春、もう一箇所移動する畑があって、フィールドワークの年だなあと思うのです。

震災の年に移植して踏ん張って育ち、また移されるという過酷な楮達。
今日伊方原発一号機廃炉のニュースがありました。
移植に関わってくれてる若い人達の想いも携えて立派に育って欲しいと思います。
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2016年03月08日

助成金

今日は昨年採択して頂いた「高知山の日事業」の発表会でした。
山の日事業とは?
http://www.moritomidori.com/bosyu.htm
一昨年、「高知森と緑の会」さんが企画してくれて温泉に宿泊して若山楮蒸し剥ぎイベントに来てくれた事が
きっかけとなりました。
この場を借りて、山下君、ほんまにありがとう。

ずっとかなり大きな助成金を受けて来た若山楮。
使い勝手が良い所もあれば難所もあって。。。
一昨年から助成金無しで走ってました。
が・・・やはり足りない。
この事業に応募してみようと。。。
完全自力です。
幸い、昨年から来てくれてる地域支援員さんが、とても頑張る人!
互いに頭から火でありました。
日頃多額の助成金を扱ってくれてる役場の方の100分の一にも満たない作業なれど。。。
自分達が使うお金の事ここまで必死に考えたの初めてかも。

本番も終わってその後の事も終わって「やれやれ〜」だった。
「発表せなあかんで!」と支援員さんから連絡。
焦った、焦った。
パワーポンターなんか使えない、質疑応答なんか聞こえない私。
今回全面的に助けてもらった。この一年で一番感謝感激の日。

発表の後のディスカッションが一番手応えがありました。
小額なれど上手に使うことを考えるという過程で、自分達がやってる事の見直しや継続するためのチカラを見出すという一番大事な話が次々と。
日頃行政と関わっていると、ここが一番見落とされて行く。
賢い人はすっと気がついて次へ行けるけど。。。
普通の地域のちょっと頑張る普通の人にはカリスマでもないし、どうしたら良いのだ?が山積み。
それでも、口をあんぐり開けて行政から降られるお金待つよりも、少し頑張ってみようと言う人達の素直な言葉はとても心に響いた。
関わってる、取り組んでる事は違えども、それが好きで地域が好きで、ちょっと頑張ってる人達という印象。

何よりも全く金のない若山楮が立ち上がった8年前。
一番大事な楮の蒸し桶が無くて色んな方のつてで、大豊まで頂きにあがった。
この集落の方が発表しに来られてて、「ひょっとして桶取りに来た人?」と。。。
ああ、感無量です。
繋がってたんだあ!8年目にしてお礼が言えた・・・・。
すごいね、これ。
もう頂いたお金の何倍もの「沢山」を手にしてる。
定例会で報告するネタができた!!
継続して行く地元勢と参加する人達を繋いで行くための、忘れてはならんことを改めて確認。
助成金を受ける事に、ちょっと卑屈になってたけど、頭から火吹く体験したら、そんな外野の戯言は。。。
お金の額より得る事の方が大きいと思いましたね。
現場、ついて来ない地元勢を背負って尚も現場第一線のみ。(笑)

次で採択されなくてもこの発表会には参加したいなって思う程でした。
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2016年01月27日

若山楮有終の美

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昨年の12月7日からの刈り取りで始まった若山楮の収穫作業が全部終わり
今日はお嫁入りの発送の為の梱包も済ませ、借りの作業場の最期の片付けも終わりました。
一昨年体験で来てはまって、昨年は楮の芽吹きからずっとお付き合いしてくれた青年が
「あの黒皮の山がこれっぽっちになるんですね」と染み入ってました。
ここに至るまでの、どんだけの手があったのか・・・。
若山楮は一昨年まで役場の御陰で助成金を投入してもらい、其の分膨大な維持管理資料がファイリングされてます
数字という数字が膨大に残っています(笑)写真も半端ないです。
助成金を悪く言う人は多いし、私も扱いずらかったのですが
幸いにも初期の頃の役場の担当に自ら手を挙げて飛び込んで引っ張ってくれた彼女の御陰で
とても血の通った資料が作成されて、その後も継続されています。
和紙の色々、ましてや原料の事となると資料そのものが少なくて、自分達も調べたくても明治初期のもんを引っ張り出さないとダメでした。
そう言う意味では、若山楮のもうひとつの顔はこの8年間に蓄積された資料でもあります。
と言っても、高知県幡多地域のみです(笑)
昔、若山という地区で産出されてた楮は品質が良くて評判だった。
という1ページ位の史実に分厚いファイル4冊のこの8年が生まれたのであります。
これは個人でやってると、絶対という程無理な作業です。
だから、助成金のおかげでもあります。正しく使ったかな(笑)

さて、27年度の若山楮は瞬殺で売れまして。。残りは1本もないです。
売った分で今季の蒸し剥ぎ、へぐり、などの全ての賃金を払うので、モタモタしてられません。
本当の所、この束の上で一晩寝てみたかった(笑)
羽根が生えた様に明日お嫁入り。

今季の作業場の片付けをしてて印象的だったのが。。。
空いた酒瓶ゴロゴロ、ビール缶仰山。
少なかったコーヒーカップがこじゃんと増えてた。

途中の経過報告できてないのは・・こういうことです。
私的には残業も徹夜もなく、昨年と同量を昨年より早く終えたことが奇跡。
すぐに地元小学校の卒業証書体験漉きに入れて、これも昨日終わった事はもっと奇跡。
若山楮倍増計画や、新しい作業場作りや、もうてんこ盛りで休む暇もないですが

がらんとした借りの作業場をしみじみ見入ってしまいました。
ありがとう。ここで起こったドラマ引っさげて次行きます。
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2016年01月20日

若山楮作業終了

今年も無事終わりました。
7年目。それぞれが自分の役割を自分で決めて動くという夢の様な集団に成長しました。
もう感無量です。
これで次へのステップに踏み出す事ができるのであります。

12月の蒸しはぎと今回のへぐりに通算10日も研修として兵庫から参加してくれた本多さんのブログが見事なので、ここで紹介します。

http://nagasuu.blogspot.jp/2015/12/blog-post_23.html

私は今週末の佐賀エリア3校の小学校での卒業証書の準備に。
今季の若山楮の出来具合を、まず漉くのは小学生です。
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2016年01月18日

協働

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うすうす、予感はあったし、そういう流れになる「若山楮へぐり」作業。
初期の頃は厨房も使えたし、出店の人も前乗りで入って来たしで、「蒸し剥ぎイベント」も宴会だった。
カップラーメン持参で役場の若い衆が来て、軒先で七輪とかの出店者の友人がやり始めたら。。。
翌朝カップラーメン誰も食べてなくて、みんな爆睡してて。
「早朝の竃作業手伝います!」なんか絶対無理で(笑)
明るくなってから慌てて起きてきた若い衆に「夕べ何時まで呑んでたんや?何してたんや?」と問えば。
「いや〜人生の深い話してました」って(笑)
私は私で、泊まり込み&凄い宴会で、最終日にイキダオレてたら翌朝枕元に一升瓶持って佇む長老に起こされて
「呑むかよ〜」で絶句した。
そういう長老達も亡くなったり、さすがにそこまで呑めなくなって。。。
しばらくは、おとなしく地道だった若山楮。

今年のへぐり作業は・・凄かった・・・。
遠方から来てくれる友人達の心意気にがっつり反応してくださった。
毎年、手作りおやつが凄いのは定番だったけど、、、、
宴会が作業日数2週間の間に半分も(笑)
つまり、プチ遠方の私は作業場泊まりが一週間。仕事じゃないよ宴会(笑)
その全てを書いたら一冊の本になります。

協働というのは、等しく働くということらしい。
誰かが指示して動くのではなく、自らが「これ自分の仕事」と見定めて動く。
ハレハレは長年ずっとそのノリでやってきたけど
地元の人には新鮮だったのかなあと思う。
今季の蒸し剥ぎもへぐりも、来たら最期思いっきりこきつかわれてるのに皆嬉しそう。
賃金は払えないけど、宴会で(笑)
来た人に一杯聞きたいことある地元勢。
地元勢のかっこよろしい仕事師や料理に興味津々な若い衆。
7年目、融合したねえ、やっと。

で、この写真のおやつは「淡雪かん」
私、大好物でこれが初めて来たとき絶叫しちゃった。
若山のおばちゃんが作ってくれる。
卵の白身のメレンゲが載っかってる寒天かん。
結構難しいのだが、へぐり最終近くなるとこれがど〜〜んと来るんである。
今年の淡雪ぶりは凄くて、思わず3階建てのビルみたいやねえ!と。
自分で育てた豆を冷凍しておいて、この作業の時にどっちゃり色々作ってくれる。
小豆だけでなく、ずっと繋いでる「ささげ豆」のいろんなおやつ。
「おばちゃんの冷凍庫空っぽになっちゃったねえ」と言うとぶははは〜って笑った。
そして最終日近くなると「明日は弁当持って来るなよ」のもう一人のおばちゃん。
お米3升炊いて、地元の穫れたてのサバで高知の皿鉢寿司がででで〜ん。

食い倒し、呑み倒しして明日最終です。

遠方から来てくれた友人が「ここ家族みたいだ・・」と。
働き方が、誰にも指示されなくても見事に動いてるって。
同じ釜の飯じゃね、酒もだね今年は。。。高知家ってそういうことじゃなかったっけ?
若山楮は見事な楮も作るけど、その過程で互いが家族の様に繋がってきてるので
いきなり来た人も家族になっちゃうのであります、ただしめちゃくちゃ働かされる。
どこかからか来た人と一歩も外へ出ない人が同じ鍋食って、もうコンビニもんなんか食べる暇もなくて
一日中働いてて。。。
もし、天変地異が起こっても、水はある、米はある、薪はあると話してるみんな。
イノシシを毎日捌くおばちゃん達。
実際、今回のへぐり後半は鹿、イノシシ、鴨、魚でした。
米の話もようけ出た。
和紙原料作りながら、いざの時のチームワークできつつある・・・・。

そして来期は作業場ができます・・・。
いや・・多分大勢が関わってなんやかんやとユニークなもんができあがりそうです。
そういうの作らないといかんなあ。

その時の淡雪かんは10階建てくらいになりそうです。
こう下の寒天羊羹見えなくなるなあ。
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2015年12月18日

若山楮蒸し剥ぎ終了

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すみません・・・・。
刈り取り一番乗りの次がいきなり取り込んだ黒皮の写真です。
今年は体験者が多かったこともあって、肝心の蒸し剥ぎの写真を撮ってませんでした。
自分は来てからずっとの22年間の作業なので、毎年の同じ風景を見飽きてるし。
勿論、今年もドラマ満載で感動と大反省と来年こそは!でありました。
今年初参加で日頃からお世話になっている愛媛の建築家ご夫妻が丁寧に説明付きで美しい写真を撮って下さってますので、是非、是非ご覧下さい。
http://aastudio.jugem.jp/?eid=228

年々泊まり込み日数が増えて、今年は5泊。
刈り取り作業からしたら実に10日かかってます。
今年の蒸し剥ぎは、暑かった。。。
竃で火番の私や若い友人は半袖でした。
おかげで、体験の方はやり易く楽しかったですね!
取り込む辺からグッと冷え込んで今朝は霜です。着膨れです(笑)
寒くならないと楮がうまく乾きませんので、お天道様まで作業に合わせてくれてます。

毎年、小額ですが、おがらも欲しい方には売ってました。
だからか・・・余る。後が困る。黴びる。

江戸時代の蒸し剥ぎの賃金はおがらだったという古い資料を見つけたことと
毎年来て下さる80代のおばちゃんが「剥いだら、おがら欲しいのよね、去年は買ったけど」というのを聞いて
今年はフライヤーに「体験した方には、おがら進呈!」と入れたので。。。
もう争奪戦で、あっというまにはけてしまいました!自分の風呂分足りない。。。
若山楮はまるで江戸時代じゃ。
薪ストーブ生活の人が増えたのと、高齢者で薪風呂の人には軽くて火力の強いおがらは助かるんですね。
自分で剥いだ後、生活に必要な人がまだまだ居て、欲しい人が沢山いることが判りました。
餅を搗くグループもごっそり持ち帰った。勿論大量に剥ぎましたよ。
火を使う日常が復活してきてるのかもしれない。
こんなことにも、高齢化や過疎での問題にヒントがありそうです。

7回目の蒸し剥ぎだったのですが
もう、私がいなくても大丈夫だ!という実感。
それぞれが、自分の仕事を見つけて働く!働く!
楮を剥ぐのが嫌いでも、やることは沢山ある現場。
剥いだ楮を干すための竹伐り、薪割り、剥いだ楮を天地返しする、昼ご飯、おやつ、珈琲、おがらを束ねる
掃除など昨年までは、自分達で準備してきたことが、今年手が足りなくて本番にもつれ込んだおかげで・・。
内心、もつれ込ませた(笑)
特に薪割りは、おもしろいはずと。。。
上手な年配者が若い人達に技やコツを教えてる場面は微笑ましいものがありました。
薪割り機欲しいなあって思ってたけど・・・1日で凄い量割ってくれたので、まだ買わない(笑)
差し入れも凄かった・・・早朝仕事へ行く通りすがりで美味しいお菓子を手渡してくれる人まで!
適材適所で誰一人「お客」なんぞ居ない、働くイベントは大成功だったと思います。

そして、色んな人が同じ事言うのも今年でした。
「この剥いだ後はどうするの?どうやって紙になるの?」
8年かかりましたが、やっと出始めたのです。
既に昨年から「へぐり」にハマる人続出ですが、今年は更に「へぐり」が注目度高くなってます。
ワークショップとか体験ではなくて、本当の現場に「参加」するから得る事があるのかな?
教える方も「体験用」ではないので、真剣に教えます。
今年初めて来た、地元のおんちゃん。
いくら、やり方教えても「昔子供の頃見てた」の一点張り。
まず、私が3回くらい教えて最期には怒った。「言われた通りにできんのなら、やめて。小学生だってきちんとできてるんだよ」と。
それでも、帰らない・・・どころか他の仕事を頑張ってる。
「あなたの他にも5人くらいから叱られまして、他の事しながらみなさんのやり方見てました」
夕方にはきちんとできるようになって「おんちゃん凄いよ、たった半日でできるようになったじゃん!」・・・
「次の作業を知らないとダメなんですね。みなさんが次の作業があるねん!と言うのでへぐりに行きたいのですが」と。。。。
これ、今の原料栽培の問題を、おんちゃんの言葉が語ってます。
それがあっての若山楮に乗り込んだ私の気持ちをたった半日でキャッチしてもうた。
スタッフでさえ7年かかってます。
全国の産地ではウン十年かかっても越えられないと伺ってます。
76歳です。
仕事ができる人というのは、幾つになっても学ぶ姿勢があるのです。
「怒ってごめんなさい」と謝ると
「怒って当然、だから嬉しかったですよ」と。
他の田舎を知らないので比較はできないけど、高知へ来て思うのはコレです。
最初はぶつかるばかりで平行線で、本気で喧嘩すると一瞬で打ち解ける人が多い。

長老達の仕事ぶりに惚れ惚れして、顎出ながらも着いて行こうとする若い人達。
これが今の田舎には途絶えてしまってるんだなあと思う。
祭りの時くらいしか「場」がないのです。

釜番がご自分の役目と高知市から4時に家を出て駆けつけてくれる方もいます。
地元勢より誰よりも早く窯場へ来て下さいます。
朝4時からヘッドランプつけて200人以上の手が軽々と剥いでくれる様に焚き上げるプレッシャーは半端ないのですが、6時前には「おはよう!」という姿を見て安心の極致。
それなのに、毎年てんぱってる私は、あれこれ言ってしまう。
毎年、来年はもう来ないだろうなあって思うのに、今年も来てくれたあ!!

ほんとに、どれだけの大勢の人達とこの場所で繋がってるかと思います。
前後の細かい気配りも全然できてないのに、たった1日の為に遠方から毎年元気な顔を見せてくれる方々。
作業中は紹介するのも出来ておらず、地元の方と話す事もままならずで帰られる。
来年そういう皆さんへの感謝を形に出来る様頑張ります。
posted by ハレハレ本舗 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業