2014年07月28日

夏の若山楮

田んぼのことばかり書いてました。
楮大丈夫なの?ということで。
がっつりやってます、今月も!
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若山楮、ただ今6反あります。だけど移植失敗とか猪にとか土地の形状の問題で鉄柵張れなかったとか
つまり楮が生えてない所も草刈りするので・・楮が居るのは実質は5反かなという所。
昨年までは実質はもっと少なくて4反あるかないかでした。
楮の居ないただの地面を2反も3反も刈るのはもうほとほと嫌ですわ。
来春、全部に当初の予定通り全部植えてやる!と今日も思いました。そういうハングリーな気持ちでもないと
やってられませぬ(笑)
スタッフは今年居ませぬ。ほぼ一人です(笑)
すごいな〜自分と褒めてあげたい。

なんとか今春の移植は8割り根付いてくれました。
が本格的に物になるまではあと1〜2年かかります。中には今年から収穫できるえらい子も結構居ますが、
昨年はこの移植したのが後手になってほぼ全滅。泣きました。結果言われました〜「え?これだけ?」
畑を見たこともない外野ほど出来高の数字に五月蝿い。
簡単に言わないでよと思いつつも、言ってくれるから尻に火であります。わはは。
そういう会議のときは私机ひっくり返す「卓袱台女」になっちゃうので、みんな引いちゃう・・・。
今年は自分で全部やれるので、結果出そうと実は必死であります。
もし出来たら女の私でもできるんだから、男人2くらいで余裕で維持できますよと思う。
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畑作業を複数でやると考え方も作業のやり方も違い、結果を出すのに苦労します。
左が今春植えた所、右が小学校がお世話してる4年目です。

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6年目の自生楮を伐採して翌年からガンガン採れてる河原の楮達。
この2年程手厚い作業でやってきて(スタッフが居たから)今年からは無理。
株から出る枝を間引きもしておらず、芽掻きも後手になってますが、今の所順調です。
5年前から田んぼを始めて、こちらも相棒達がやむにやまれずできなくなって一人で継続。
昨年はもう無理や〜となったけど、何故か辞めたく無い。

楮のこと飽きて来てたんですね、さすがに!
もう1年中、楮!楮!でもう飽きたあああ!
かんかん照りの畑で土ぼこりあげての草刈りに「飽きた!」
最初の3年間は自分の2反の楮もあって、春からずっとずっと楮やってきた。
鹿の出没が始まって一年中、楮畑のことばっかりで、、、鍛えられて飽きた(笑)
かたや田んぼは水の中(笑)癒されるのであります。正気に戻ると言っても良い。
そして、どの道無薬品で紙を漉くとなれば、夏は諦めなさいと自分に言い聞かせてるのです。
暇ができちゃうとついつい手を出したくなる、苛性ソーダ使いたくなる、紙用の「ネリ」使いたくなる。
それで漉いても結果としては満足できる物にはならず、かえって大変で(漉き舟に凍らせたペットボトル入れるとか電気代が跳ね上がる業務用冷蔵庫使うとか・・)ストレス。。
田んぼやってれば、この無理を通せば道理が引っ込むの無理がなくなるわけです。
楮のことだいぶ判って来て余裕が出たとも言えるし、とにかく飽きてる自分をどっかへ向けないとあかん(笑)

高知では芽掻きなんぞやってるのは若山楮ともう一箇所だけと聞こえてきます。
芽掻きはね・・・株から出る枝を制止したり肥料入れずに自然のままにすれば、そんなに大変じゃないと。
畑全体の草刈りをきっちりやって風通しよくすれば問題なさそう・・と今月は思ってます。
月に5日くらいの労働力でやれるようにしたいし、できる。
他にやるとなるとこれは自然の理に逆らうことをやり出すのが人間だなと。
ならば、残りの時間を他へ使った方が良いと思うのがこの3年間でした。
まあ、この5日間というのが半端無くヘビーで同じ様にできる後継者育てられるかな?自分とは思う。
ここは高給払える様にしないといかんなとかそんなこと考えながらの今夏の草刈りです。

早朝から午前中が若山楮。夕方田んぼのローテーション。
あとは水被って食べて寝てる(笑)シンプルな生活です。
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2014年07月24日

今年前半締めくくりな若山楮

今年も始まった猛暑モード。
だけど若い頃はこんな炎天下で作業もすれば裸足じゃ火傷するビーチで毎日宴会、アフリカンガンガンに叩いて踊っていたのだから。。。やっぱり年なんだ。
7時ともなると陽射しが恐ろしく感じる今年です。
さて、それでも草に埋もれてる若山楮の草刈りです。
地生えの6年目の楮達は自ら勢い良く葉を茂らせてて、株元の草も自分で押さえてますが
移植した株達は草との戦い。
頑張るけど元々の畑に居た草が楮を呑み込む。
なんだかんだで3年間は移植した子達が最優先です。
毎年、毎年移植してるので、そして昨年迄ケアーが追いつかなかったり、後手になってた。
今年の課題は何はなくても幼い子達です。
大きくなってる大人の株は自力で頑張ってもらう。
草刈りは学びの連続ですね。

そんな中、今年から実験的に始めた混植。つまり楮の株元でも育つ作物作り。コンパニオンプランツと言います。
今に始まったことではなく、昔から楮農家の方々はやっていた。
それを単一作物的になってる楮畑の中に逆に持ち込むということ。
春頃は夢の様な感じだったけど、やっぱり夏になってきて・・・相当に大変。
歩いて通える畑じゃないから余計大変。
それでも春に生姜を植えてくれた「まんまナチュラル」の藤原ご夫妻の自然農生姜が育ってる!
http://mammanatural.weebly.com/
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楮もこの春移植したてでまだ木陰を作る程大きくないんだけど、なんとか行けそう。
「この畑は良いよ、土が良いよ」と自然農の藤原君は言ってくれる。
草も沢山色んなのが生えるし、何よりも鹿対策で楮の売り上げはたいて買って張った高さ2bの鉄柵が有効。
何よりも孤独な若山楮で年間通して若いご夫婦と協働できる嬉しさです。
奥様も百姓一年目で格段逞しくなってて(笑)芽掻きをお願いしたら「楽だわ!」と。。聞き間違えかと何度も聞いた私です。そして私と同じ事言った。
「鹿が食べるくらいだから、これ人間も食べられるんじゃ?」
食い意地万歳!
こういう発想がIターン、Uターンの回路(笑)

それでも百姓はもう猪、ハクビシン、鹿との戦いになってるから・・・
ほなら。。
一昨日畑へ行けば長太が吠えまくり。
たまたま雑誌の取材も来てるわ、日頃猪と戦ってる藤原君は居るわのタイミング。
草の茂った中に3匹のウリ坊が居たのです。
長太が藪の中に突進して出て来ると。。ウリ坊に追いかけられて頭突き食らって、それを藤原君が棒で叩いて気絶させるという。。。
和紙の取材に来られたのに、なんともまあ野生の王国みたいになっちゃった(笑)
カメラマンはもう連写!連写!であります。
見たいな〜。記事には使えないだろうウリ坊との戦いの写真!

なので今日は思いっきり長太を放して「また見つけたら頼むぜ!!」
が。。2時間程したら見た事ない女の子が長太をビニール紐でつないで日傘差してやってきた。
「放れていたので、迷い犬かと思って、そこの家のおばあちゃんに聞けば、あそこで草刈ってる人の犬っていわれて。。。」と
役場の福祉の女の子でした。首から身分証を下げていた。
「今時放れてる犬って迷いか捨てられたかと思うわね。ありがとう。だけどこの子も一緒に仕事してるので
今度此処に来て見たら心配しないでね」と言いましたら・・・
ごめんなさい!ごめんなさい!と(笑)何度も謝られてこっちが困ったし、考えてもみなかった事なんで今後の事もあるからと反省。地元の人ばかりじゃない。
一人暮らしのお年寄りが多いので行政の人介護の人も来る。
彼女の胸元の身分証見て閃いた。

明日から若山楮で作業の時は長太に身分証下げます。P1010841.jpg

内容は・・・
「僕は中嶋長太です。僕がこれをぶら下げて放れている時は近くの田畑、山で主が草刈りしています。僕も猪を追ったりの仕事をしていますが、迷惑等かかってるようだったら、主を探すか連絡してください」
裏に私の名刺。
いや〜ひとつ間違ったら保健所じゃけんね。
遊んでるみたいに見えるけど仕事してる時は近くで「ち〜ん」と待つのが長太の仕事だし
私もまるっきりの「一人でない事」が安心なんで、田畑、山作業では互いの信頼関係に於いて放します。
が、考え過ぎや慣れてない人の為に明日から身分証つけての出勤長太です。
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2014年06月13日

和製コンパニオンプランツ

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トマトとバジル。
金蓮花を葉野菜の横に。
虫や病気から守る混植、コンパニオンプランツです。西洋の野菜栽培での自然農で取り上げられるコンパニオンプランツ農法。

前にも書いたけど吾北の楮農家の楮は足元にコンニャク、ゼンマイ、地這いキュウリ、カボチャ、紫蘇が植えられてて
どれも元気であの渇水騒動の夏にどこ吹く風の立派な楮が育っていました。
単一作物だけどずらっと育てるのは、ああいう天候の危機のとき成す術がないです。
楮移植の為に山や河原を這いずり回って掘るのですが
その周囲の環境を見れば楮がどういう環境を望んでるのか嫌でもわかってきます。

さりとて、好む急斜面とかは人間の方がついていけない。
若ければやれたし、やってた。斜面角度70度くらいなら、ロッククライミングみたいに岩にしがみついて(笑)
だけど続かないやり方は出来ないのですね、なんせみなさん高齢。自分もそろそろ仲間入り。

楽する事考えて何があかんのか?
その楽することの方向性が農薬使う事だけではないことを知って欲しい。
結構過酷な作業が多くて引いちゃってる、おばちゃん達をも引き込む為にも。。。食える作物を(笑)

昔は田畑の畦や山の裾に自生してる楮を、田畑の世話して、山菜採りながら何気に楮も残すというやり方だったと聞いてます。
農業の在り方、林業の在り方がすっかり変わってしまい
自分なんか都会から来たので更に知らない。
だけど、山を河原を這いずり回って見えて来たことを楮畑に持ち込みます。
どこまで行っても自然の姿ではない「栽培」なれど、少しでも和紙に興味ない人でも関われる畑に。
そうやって冬に暇に成ったら楮があるやん!くらいの感覚にしたい。

こんにゃくは土地質を選ぶからどこでもええわけじゃない、難しいから辞めとけと言われました。
なので実験で30個程植えたのですが。。。。全部出た。。。。

秋には高知のコンニャク始めますよ〜。
日本は実はこういう混植農業が伝統的にあったのだ。。。
右も左もわからんまんまの見切り発車ですが、始めれば古老達が教えてくれる。
始めなきゃ、始まらないとこの可愛いコンニャクの葉っぱ見て「ありがとう」って嬉しくなりました。
出なかったら「ほらいわんこっちゃない」だったです。
でも出ちゃったから『どうしたらええん?」と次が見えた。
もうたった一人で思いを勝手に形にさせながらですが、芽が出れば、数人集まってきますから(笑)
今日も打ち合わせで「中嶋さんはコンニャクもずっと作ってたんですよね?」と聞かれて
「いえいえ、初めてです。やった事なんか無いです」と言ったらびっくりされちゃった。
随分、はったりかましたからコンニャクもプロと思われていたみたい。
若山楮は紙にまでする私ですが、コンニャクは栽培するまでです。
美味しいコンニャクを作る人は沢山いますから。

いつでも「始め」があるわけで。。。とそそくさと帰って来ました。立派に育てよ〜。
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2014年05月21日

今年の楮

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年末の蒸し剥ぎ会場になる窯場の草刈りがやっと終って、春の草刈り第一弾終了の若山楮です。
この写真の楮はハレハレの畑の子。
同じ品種です、というか幡多にはこれが殆どであと1種が稀にあるくらいです。


3年前に急遽預かった那須楮。姿が全然違います。
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避難して来て籾殻ベッドで生き延びて移植したけど「鹿に全滅させられました」とスタッフ。
きれいさっぱり移した筈が、何故か今年芽吹いた。根が残っていたのだろう。
芽吹きから見るのは初めてで、大事に育てて株立ちしてくれたら、彼に返そうと思う。
たった1本だけ残った那須楮。

畑ではこぼれ種から黄蜀葵が芽だし。
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一昨日、5年ぶりに黄蜀葵の種蒔きもしました。

さて、今年は若山楮では混植の実験を始めています。
既にコンニャク、生姜が植わっていますが、楮移植が失敗続きの一部に荏胡麻を植える。
昔トライしたときは発芽せずで難しいと思ってびっしり蒔いたら。。。
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ぜ〜〜んぶ出ちゃった。。。
こりゃー、本葉が出た時点で一度ポットへ1本づつ移さないといかん。。
ああ。。。目眩!

楮の足元、半日陰を好む作物とのコンパニオンプランツ計画うまくいきますように。
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2014年04月26日

お目見え

毎年、毎年、この時期に同じ事書いてる20年。
絶対出るんだが、出ないと困るんだが。。「出るかよお?」と気を揉むのです。
芽吹きを確認するまでは生きた心地がしない。これは慣れないですね、絶対に慣れない。
旧佐賀町の若山地区はやはり山間の谷間なので気温が低い。
旧大方の海沿いの家は、すでに1週間前に芽吹いてます。

「う〜ん、良く眠ったなあ。こんにちわ!今年も宜しくだよ〜」の若山楮の新芽です。
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草刈り機で刈って行くけど、小指程の芽。草の中に埋もれてても、見つけるし、振り回してる草刈り機の刃先がピタリと停まる。
必ずその先に楮が居ます。
もうこれって、「出てるよ!出てる!!刈らないで〜」のテレパシーが来ますね(笑)
6反、冗談抜きに2万本くらいあるんじゃないかな株。
まあ、たまに「しまった!!」と刈り飛ばしてしまいますが、出たという事はもう大丈夫。
これからわんさか出始めて「かんべんしてや〜間引きます!」となるから。

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若山で一番広く移植した2反の畑。
どこに楮が居るんだか(笑)
これが一年で最低でも3bになるので、お世話する拳の川小学校の先生も生徒も驚きます。
此処以外に同じ面積があと3つ。
普通、楮農家は3反だと聞いてます。
家族でやって3反。若山楮はほぼ一人か二人で6反(笑)
今年は優秀なスタッフも契約が終了して居ないので、また協議会のみんなに泣きつきます。
平地はできても急斜面は苦手な私です。

元は耕作放棄地でジャングルでした。もうほんとにジャングル開墾ばっか。
除草剤は使わず、無肥料で草刈りと芽掻きのみ。
おまけに下の段は不耕起です。
最初の年はここぞとばかりにイタドリ畑に(笑)葛が我が物顔で絨毯。
毎年生えて来る草が変化して、スイバと今年はびっしりなカラスノエンドウです。
だいぶ、湿り気が取れて来た証拠。

しかし。。。草刈り2日目、一人です。ここと奥の2反の平地のみの1反の計3反をば2日。早くなったなあ(笑)
巷はGWに入ります。
私はお仕事。
連休までにカラッケツになってる各店舗へ商品を補充です。
そんなことやってる間にカラスノエンドウに楮が絞め殺されそうで気が気じゃないです。

今年もよろしくね、頼むよ!と幼い芽に思わず声かけながら。。。。
長太は連日の野良仕事に後ろからついてきながらも、さすがにばて気味です。
草刈り機を振り回す私の後ろ2bくらいをトボトボとついてきます。
なのでぐったり〜。それでも草刈り機はずして、畑点検見回りになるとカンガルーみたいにはねて「遊ぼう!」
仕事と散歩は別ものなのですな。
帰りの車の中ではクラッチ踏む左太ももに頭載せて膝枕爆睡。ヨダレまでたらしてる。。。
お疲れさま!と言える相棒が居て私は嬉しいんだけどね。
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2014年04月08日

同じ楮でも・・・。

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一昨年、若山楮に少々難ありの原料が出て、どうしたものか?と・・・。
それを日頃沢山漉いておられる、いの町の友人の紙漉きさんに頼んで若山楮の感触をアンケートさせて頂きました。
「難あるので、そこを承知して下さいね」と。
日頃、輸入原料も使われてるし、いろんな産地の楮も漉いておられるので、心強いお二方。

昨日、届きました。
丁度漉いていて濡れた手を拭くのも、もどかしく・・・。

現れた紙。
8匁くらいの版画用紙に仕立てられていました。
うっとり〜です。
紙漉なのに、人様の漉いた紙にうっとり〜とする紙フェチでございます(笑)

もうこれでもか?というしつこい内容のアンケートに、とてもとても細かく御答え下さり、アドヴァイスまで。
若山楮栽培には此処2年間スタッフとして兄弟弟子がいたものの、他には和紙の話が出来る人が居らず・・・
いつもいつも孤独なのです、私。
時折、四万十町十和の紙漉さんところへ行っては日頃の溜まってるのを話してきます。
いつもすんません・・機関銃射撃で(笑)

だから、もう一枚の紙になるまでの事細かく書かれた内容に「うんだ!!うんだあ!」とか「そうじゃ〜そうじゃ〜!」とか
声に出して頷いてしまいました。

日頃漉いてる者にしか判らない話です。そういうやり取りができない土佐和紙の中心地から遠く離れた陸の孤島で一人だけの私(笑)
高知は楮の宝庫であり日本中の和紙を支える原料の産地です。
5種あると言われてる品種の多さ。。。
ここ数年、やってきて、東西に長く、平地が少なく、高低差のある土地に応じた品種があること。
それらが、まあ同じ様なもんだろうと思ってたのが・・・
きちんと品種を特定してそれだけで漉いてみると全然違うことが徐々に判ってきてます。
調べようとして調べてるというより、それぞれの場所で楮を栽培しながら漉いてるという以前なら変わり種の紙漉が判って来た事を話に出してるだけとも言えます。
それぞれの特徴が際立ってます。うまく言えないけど・・違う。
御陰さまで若山楮を使いやすい、漉きやすいとのことでした。
お二人の漉いて下さった紙は厚さも全く違うのですが・・・・

やはり人柄が出てくるもんなんだなあと感心してしまいました。
上手く言えないけど同じ原料でも全く違う顔になります。
今、自分も昨年の若山楮を漉き上げて、お二人と同じそれぞれの厚さの紙が手元にあるのですが・・・
上手下手はさておいて(私下手です、お二人のは本当に美しい)三者三様の表情です。
これは、漉く土地の水との関係にも依ると思います。
いの町は仁淀川系水。
対して若山楮はあえて言うなら四万十川系水と言う所でしょうか?確かに四万十川源流のある四万十町辺から自生してます。
西の限界は土佐清水と上は西土佐になりそうです。

何よりも良い原料です。続けて下さいとありました。
よっしゃー!です。
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2014年03月04日

若山楮の最後のの工程


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春の足がぐんぐん早くなって来てます。
山菜も始まり、海の山菜(笑)ふのりも出回りはじめました。
いろんなことが建込んで遅くなってしまいましたが、「若山楮で漉く」にやっと取りかかりました。

原料である楮を栽培するー原料商に売るー紙漉が買って漉くー紙商に売るーお客様の手元へ。
これがずっと面々とあった和紙の流通だと思います。

ところが高度成長期に入った昭和30年代に和紙の需要は機械漉きの紙や洋紙におされて一気に衰退してしまいます。
私が生まれたのは昭和35年。
この時代に一気に残ってた日本の良き物が姿を消して行ったと言われてます。
御世話になった親方が「戦後、焼け野原になった町などでは復興の勢いがあって、障子や襖という建材のための紙が漉いても漉いても追いつかなかった。一日3交代で弁当3個もって来てみんな漉いて、赤子が居る母親は背中に子供背負って漉いた。できあがった側から大八車で夜中でも紙商へ運んだもんよ」と仰ってた。

話を知る事ができただけも私は幸せもんだったなと今では思います。
さて末端の需要がなくなってしまったので、いろんな事が起こり、輸入原料ということがこの世界でも主流になりました。
それは当然のことながら栽培農家に打撃を与えて、一気に辞めていきます。

50年というサイクルは不思議なもので、人の一生の半分くらいでいろんな現象のフィードバックが起こるのであります。

都会育ちながら「なんか変だよ」と高度成長期の中で感じながら育った私は
高知へ来て本当に大地で生きることを沢山教えてもらいました。
そして、そこら中に野生化してる楮で紙を漉き始めました。
とにかく貧乏暇無し(笑)
それを救ってくれたのが若山楮復活事業となりました。
沢山のあり得ないサポートが奇跡のように展開しました。

そして初心に立ち返る新しい年度が始まります。
正直、自分個人としてはほんまに厳しく正念場となります。
楽観視してきたツケが回って来てます(笑)

まあそれはさておいて・・・。

そもそも紙漉が原料栽培に立ち入ることがなかった世界です。分業ですね。
逆に言うとそれだけ栽培する農家もしっかりしてたし、原料商さんもしっかりしてたのではないかと。
それがみんな時代の流れで儲けだけを追求しなくてはならず、農業のありかたも大きく変化してついて行けなくなった。
消費者である世界も様変わりして、イケイケでやってきた「紙」という世界

ところがふと足元を見て・・・・
まず末端の消費者が疑問を持ち始めて、どうなってるの?となってきたのがここ数年です。
買って下さるお客様あっての仕事なので・・・慌てふためいてるのが現状ではないかと思います。
先ほど書いた図式が逆の流れから煽られてるとも言える。

この5年間ひたすら楮の声を聞き、60年近く栽培してなかった土地で幡多の楮をまずは復活させること。
まだまだ学びは多く、雇用を生み出すことすらままならない状態で6年目に入ります。

本当に良い原料なのか?
私は紙漉としては下手っぴいです。お下がりの道具しか持ってないし、この幡多の楮しか知らない。
だけど漉いてみて判る事はあります。
なので最後の工程がやはり漉く事なのです。
それで判り得たことをちゃんと残していきたい。

昔その土地で採れた物で漉いてた、お婆ちゃんとかが「他所の楮は漉きにくいよ」位でもええと思ってます。
それが実はとても大事な事なのではないかと思う私はタダの夢想家でしかないんだろうな。

此処の土地で此処の人達によって作られた原料を此処の水で漉く。
食べ物では良く言われる「身土不二」
これをやり続けるしか道はないように思えてならないこの頃です。

さて塵取り開始。
今年の評価はどうでしょうね(笑)

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2014年02月02日

新年会

4日前からちょっと大変なことが持ち上がってて。。。
でも子供達の卒業証書という待ったなしのピークで。
親の死に目に会えないかもという焦りと、子供達の卒業という大事なお役目と。
毎日耳が悪い私は携帯をブラジャーに挟み込んでとにかく消化する日々。
年度末なので仕事も建込んでる。
事情を話すと「何時帰れそうですか?」とか言われる。
「いや〜こればっかりは何時あっちへ逝きますか?って言われてる様なもんなんで私には判りませんし」と答えるしかない。
都会系の人がこういう無神経な事言うね(笑)
家族も都会系なので、私が逢いに行くと「明日辺が峠」と言われてた父がいきなり盛り返すので「予定が。。。」
死ぬときくらい好きにさせたりや〜という娘である。


こんな状況で不謹慎にも若山楮打ち上げ新年会へ。
5年前のあのドツボな状態をそうとは知らず救い上げてくれたのが若山楮

いつもドツボにはまると楮が助けてくれた。

話すと長くなる私なので本日は文章を書いて持って行きました。
それを見てまたもや長くなると焦った会長が
「短く!」と(笑)

皆様年末からの作業ご苦労様でした。
御陰さまで天候による不作にも関わらず働いて頂いた賃金安いですが出ます!!あとのことは書いたので関心のある方はお読み下さい。
終わり!!

会長「へ?!それだけ??ええの?気が済んだ?」です(笑)

だけですね〜。これだけ言うのにパッシング浴びながらの5年でしたやんけ!
これだけを言いたくて敢えて今夜の出発を辞めたんだ。
どーしても言いたかったでし。
今朝早朝の靄が晴れて見事なお天気なった瞬間
大事な日だよ。と声が聞こえました。
子供達の紙を干して資料作成しながら、今日は節目だと。
待っててくれるし、今日を晴らしてくれた父の一番の気持ちがズーン。
晴れなかったら、いつものドタバタできちんと挨拶できなかったはず。
それは目に見えないことなんやけど、信じて信じてと。
御陰さまでまたもやオーライになってます。
信じられない家族は右往左往してますが(笑)持ち直してますの、おほほ。母が枕元で
「久実子は大事な仕事があってあと3日来れないから頑張って!」って言ったそうで・・。
単純な父のことなので「うん」と言ったそうで。


目に見えない力というのは作用してます。驚かされます。
大事な関係、出会いというのはこういう時に得てして起こる。
刹那的な状況の時に起こる。
感動のクライマックスとフェードアウトって同じなのかも。

楽しい人生だな。

それもこれも両親あってのことです。
産んでくれたからこそ、今を楽しめてるわけです。
苦しい事は時間が経てば忘れるけど楽しかった事は永遠です。
私は一番の理解者が父だった事がほんとに有り難かった。
煙草がばれて高校で停学くらって呼び出されて父と一緒に校長やら生活指導やら担任の前で説教喰らったことがありました。
帰り道父が「お前の担任の鼻毛が可笑しくて笑いを堪えるのにひと苦労した。お母さんには内緒だぞ」
あのひと言が私の一生決めたかな(笑)
20歳のとき父と寿司屋へ。
「娘といえども20歳ともなると、不思議なんだが嫁でも娘でもなく愛人というか・・・」仰け反った。
板さん返答に困ったけど「いいですね・・」あとは黙々と寿司食って呑んで帰ったな。

でもその後好き放題やってたら「理解はするけど同意はしない」と言われて壮絶なバトル。
私が40代のときガンを煩った父に西洋医学療法の先生にマジ切れして波動療法を勧めて深い所で和解した。

長い親子人生でこの三つが鮮明。
常に自分の娘だけど一人の人間として見続けようとしてくれたことに感謝です。
フェードアウトしていくことに娘は娘也に息子は息子也に、母は母也にそれぞれの想い。

どこぞの政治家みたいな輩の言葉は「あなた、誰のお腹から出て来た?自分一人で生きて来たの?」です。
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2013年12月26日

品種の違い

さて黒皮もがっつり乾いたので取り込んで玉に束ねて終了です。
昨年から移植作業も始めていますが、まだ本格的に収穫までには育ってません。
来年辺から太く、収量もあがってくるかな?まずは3年と思ってます。

さて、昨年吾北へ通い、やっと品種の違いを見分けられる様になりました。
実は6年前に日頃お世話になってる車屋さんのおとーちゃんが凄い植物オタクでして
「中嶋さん、楮とカジの違いの見分け方判ったよ!!」と・・・
どうやら山の中歩き回ったようです(笑)
その時に仰ってたのが「葉っぱの茎が長い方がカジ、短い方が楮。裏側の産毛の生え方がカジと楮では逆」と!

若山楮の一カ所にだけ何やら違うのがいるようだと昨年の開墾で発見したのですが特定できてなかった。
やっと吾北の品種と同じことが判り、これだけを追跡する事に。
伸び方も早く、太いし、皮も肉厚です。
これに比べると幡多地域に自生してるのは細くて皮も薄い。
蒸し剥ぎした時点でその違いがはっきりとしました。
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甘皮がカジは黒くて若山は緑色。
紙に漉いても違いがあります。
にないという結束が殆ど無いのが若山楮です。

このあとのへぐりなども追跡します。
土佐楮と一口に言っても地域によって品種が違うので、やはり漉く紙の用途に応じて使い分けられれば最高です。

ここまでやってきて若山楮の優れた点がはっきりしてきました。
あとは増やす事!!
来年の目標は収量を2倍にする事!それ以上それ以下はありませぬ。
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2013年12月18日

若山楮蒸し剥ぎ終了

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今年も若山楮の刈り取りが始まり、この1年間、すったもんだの畑作業を思い返しながら刈り取った楮を蒸し上げて
おがらと黒皮になっていくのを火番しながら見ていました。

「今年の早朝の火入れしたいひと!!」と問えば・・し〜〜〜〜ん。
だれっちゃやろうとする人居ないのであります。
そう3時に起きて着膨れになって川のすぐ上にある竃に4時には火を入れる役目。

私はなんだかんだ言ってもこれが好きなのです。
星がまたたく真夜中に竃をゴーゴー言わせて傍らで七輪でまず湯を沸かし、手元が真っ暗なのでインスタントながらにも珈琲をば。
これがほんとに美味しい。
5年目で火力の調整も判って来たので、今年は味噌汁作りました。
「これがホンマの闇鍋か」と。おほほ。
やはり手元が暗いので包丁ではなくキッチンばさみでネギや野菜を切って入れて味噌入れて出来上がり。
握っておいた玄米のおむすびに味噌漬けて、醤油麹もつけて網で焼く。
むほほ〜。最高の朝ごはんでありました!

普段も薪ストーブに薪風呂に紙仕事も薪なので、生の火を見る事が毎日ですが
真っ暗な外の竃の前にて大きく焚き上げるのはまた別物。
暗いから内職も読書もできません。
当然、火を見て想いが巡るのであります。
おそらく、日頃ジタバタしてる私にとっては、この時くらいしかない内省の時間。

どん底、努ツボの私に舞い込んだこの若山楮のこと。
必死に走った5年間。
田んぼを始めたこと。
薪ストーブを始めたこと。
マコモを植えて知ったこと。
産まれ立ての子犬に一目惚れして飼い出したこと。

どれもやり始めてからすぐに「しまったああああ!」と大後悔でした。
考えも無くすぐに手を出す、足を出す自分を呪った。
どれもこれも、辞めた!とは言えなくなって全部背負っていくしかない。

竃の前で食べてる物、一緒に居てくれる長太、この竃の薪の余りが家でも毎日燃えてる。
気がついたらどれもなくてはならない大事な物、事で
気がついたらできるようになってる。

今までもやれるようになってることは数知れずなのに、新しい事が持ち上がると尻込みする癖がある。
若さというものは、意外と経験のなさから尻込みするもんである。
年をとると、やって来た経験が後押しする様になり
何よりももう先が知れてくるから・・・「やんないと後悔するわよ」なのである。
今、始まろうとしてることはおそらく今までで一番でかいこと。
ロッククライミング(やったことないけど)で言うなら最初に掴む石がまだ判らない。
それだけである。
そんなこんなをぼ〜っと火の前に座って考えてると辺が白々と明けて来ていろんなもんが見える様になって
なんだか小っ恥ずかしく、うろたえるのである。
次々やってくるみんなは
「ホカホカの中噛まんです!」とか
「熱い珈琲です!」とか持って来る。
お腹一杯なのに断れないその気持ちが嬉しいじゃないか。

さっきまでの深い内省の声はまた奥深くに引っ込んで「さあ!蒸し上がってるからな!桶あげるぞおおおお!」と最初の一声がでて
めまぐるしい一日に突入するのでありました。
詳しいことはこっちに書きました。
「かみになる木のせわ日記」http://blog.goo.ne.jp/wakayamakouzo

暗闇で火を熾す事、オススメです。
タグ: 蒸し剥ぎ
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2013年12月10日

刈り取り終了

8日から始まった若山楮の刈り取り作業が終りました。
最期の拳の川小学校の刈り取り授業は一年間世話して来た感慨深く、でも感傷に浸ってる暇もなくどんどこ終りました。
生きた授業を実践してる校長先生のおかげです。
P1010351.JPG
校長先生が楮にハマってますし(笑)
今日の授業の様子はこちら。
http://blog.goo.ne.jp/wakayamakouzo

拳の川小学校の今年の授業には生まれたての長太も一緒に成長させてもらった。
ちっちゃい長太を可愛がってくれて、畑に来ると一緒に走り回って。
ただ、長太はあっというまに大きくなったので一緒にはできなくなってることもあり。
今日は繋いでおいたら、子供達は真っ先に逢いに来てくれて、その後の作業は集中してくれて終ったらまた撫でに来てくれた。
長太も子供達が頑張ってる間は待てる様になった。
この一年、楮の成長と、子供達の逞しい成長と、長太の成長が本日実を結んだ感じで嬉しかったです。

ここんとこ毎日畑でくっついて回り、サカリが過ぎて一回り大人になって、薪ストーブの側で夜は白目剥いて爆睡。
P1010352.JPG

さて明日は現場に竹ドーム建てますよ!
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2013年12月06日

自生!自生!

ここんとこ毎朝、がっつり霜が降りてる若山エリア。
毎年楮の落葉が遅くなっており、気を揉む時期。
明後日は刈り取りです。
霜が降りて葉っぱが凍って落ちた〜落ちた〜と喜んでいたのです。
実際、移植して畑にしてる楮は落葉寸前です。

今日は暖かかった・・・。
幡多地域には1種類の楮のみが自生してて、それを刈り取って使っているのですが、何故か?何故か?もう1種類が一カ所にだけ。。
今年は品種の違いをはっきり確認できる様になったので、それだけを今日刈り取りました。
この品種は須崎から東に多い、いわゆる「要(かなめ)」っぽい。いわゆる「カジ」です。
幡多の楮は「赤楮(あかそ)」と言って一見すると何処が違うやらなんですが、紙にすると違いがあきらかということも今年やっと判りました。なので分別(笑)
刈り取ったら、あれれ〜このカジだけは葉っぱが凍って落ちてたのですね。
自生地の若山楮は今日の暖の戻りで生き生きと青さが蘇ってしまった・・とほほ。
黄色くさえなってないですの、昨年よりあかん〜。P1010343.jpg

この写真は国道沿いの自生してるのを昨年伐採、開墾した所です。
ほんの少しでこれだけあって、西方面への国道脇10キロくらいは、手入れしたらこのようになる。
だから畑なんか作らなくても軽く2町分くらいの楮を得られるのであります。
例えば、国道維持管理を任されてる地元土建屋さんが、楮のこと学んでくれて、草刈りなどをする祭に残してくれたら・・・
買います!買います!
昨年随分考えもして、土建屋さんに話もして、国土交通省へも話に行ったりもした。
だけど・・・ガードレールの下ってすんごい複雑なんや(笑)

年々、寒さが強くなってる感じですが、この楮の葉っぱ見るとやっぱり暖冬なんかなあ。
15年前くらいまでは、この時期にはしっかり葉が落ちてました。
自生の己生えの楮の強さです。畑で育ててるのと全然違う。
さああ!明後日いよいよ刈り取りです。
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2013年11月18日

頭と尻

楮は冬に刈り取れば、翌年の冬にまた伸びた枝を刈り取る。
簡単に言ってしまえば刈り取るだけで、何十年も和紙の原料を供給してくれる。

野菜やお米は耕し、準備して種を蒔き、間引いたりと世話して収穫して種を採り、蒔くまで保存する。
楮は刈るだけ(笑)私にぴったりなのだ。
だが、冬の刈り取り作業が翌年の育ちに関わってくるのである。
なので、今、年末の蒸し剥ぎの段取りで頭一杯なんだが、その先の4月に芽吹くことまでもをきちんと想定する。
株の周囲に居る稚苗を移植したりとか・・・
しかも面積が年々増える若山楮、収穫作業は紙漉の最盛期でもあるので、いかにみんなに効率良くやってもらうかが
ひいては自分がいかに良い紙を沢山漉けるかにかかってくる。
実際は自分の仕事放り出してきたけど。。。もうそれでは続かないから、やっぱり丸くうまく収まるやり方編み出すのは・・
自分しかいない(笑)

こうやって見るとチビクロサンボよろしく、頭と尻は限りなく繋がってる作物なのである。

さて今日は蒸し剥ぎのための薪作業。
メンバーの85歳のおんちゃんが昨年に引き続き小屋を解体して沢山の薪ができてます。


そしてやっぱり2人って早い!!もう半分以上終った。

国道の温泉前のバイパス工事がいよいよ・・・・
ここ、まるで楮植えたみたいに生え揃ってる場所。
みんなが「ここは工事で無くなるからやっても無駄!」と5年前。なかなか始まらない工事で痺れ切れた。
昨年の春、インスピレーション来て、いきなり国土交通省へアポイントもとらずにモンペ、サンダルで行きました。
「あそこ、工事始まるまで楮採らせて下さい」と。
みなさんびっくりなさったのですが「楮って何?」とPC持って来て
取り組みも判って「杉や檜は1本の値段がついてますが、楮は構いません」と許可を貰った。
スタッフは「おお〜!!」と張り切った。
開墾しながら「これで工事の時にブルトーザー入ったら株を移植しよう」と。楽勝やん〜。そこまで目論んでいたのである。

ところが思わぬ天敵。
国道脇なんだが背中に深い山。
イノシシのみならず。。。鹿です。目つけられた・・・
国道跨いだ反対側の川沿いの畑は来ないのに・・・。黒潮町の鹿居ない伝説は終った、完全に。

地元の人に楮街道を見せたかったけど今年は断念。
大木だった株は人力では移植も無理。

薪を切りながら何気に工事現場を見ると・・・・
木の根っこだけが山積みになってる!

現場に居たおんちゃんに「この中の楮貰いたい!!!」
おんちゃん「根っこなのに判るのか??」まあ、普通判らないですね(笑)
判っちゃうんだな、これが。「あ、これは違いますね」とか言いながら引き抜く2人。
すると・・巨大な楮の株を引き抜けないでいる私達に「どきな!」
ブルトーザーで釣り上げてくれるのである〜。
おかげで軽トラにうずたかい楮の株!しかもなが〜〜〜〜い根っこ付き。
これで100本以上は楽勝に増やせる。
おんちゃんに、また掘ったらほっしい〜と。
で・・・まだまだあるんだよね。ぐふふ。
でも考えてみたら開墾して大木の楮を切ったのは私達。
工事の人楽だったはずだよね。その大木で昨年の蒸し剥ぎの薪になったし、その灰で地元の陶芸家が釉薬作ったし。

春に来たお告げは正しかったのである。
国土交通省の担当の人も「工事に入りますが良いですか?」とちゃんと連絡して来たらしい。
まあ、もうあーいうことはやるなと釘刺されたけど(笑)

うまくすれば失った自分の畑も新しくできるくらいある!
ブルトーザーって凄いなあ、ツルハシで掘った、一日やって数本だったことあるだけにうっとりです。

想いは引き寄せる!ですね。
ちゃんと想定したとおりになってちょっとびっくりだけど。。。

もっとちゃんと段取りすればもっとちゃんとなってるのかもしれないけど。
ことごとく、思いつきできちゃった5年です。
それでも・・できてるってすんばらしいと嬉しい満月の夜。
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2013年11月13日

冬支度

いよいよ冬到来ですね。
・・・・ということは恒例若山楮の蒸し剥ぎがすぐそこです。
今年もやります。
チラシ裏画像.jpgチラシ表画像.jpg
さて冬になっちゃった〜と焦っての薪作業3日目。
今朝は少し身体ほぐしに奥湊の林道へ。
長太を思い切り走らせるには、人家のある所や車の往来が無い所になる。
放してもちゃんと近くに居るし、呼べばダッシュで戻ってきます。
そういう山歩きのポイントいくつかあって、今日はいちばん奥まで。
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こういう場所へ行く時は私、かならず背負い籠です。
草木染めの染料になるのを採取したり、アケビとか食べられる物あれば採って。
今日は杉の枯れ葉集めです。
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ストーブに火をつけるとき、新聞とかでも良いのだけど、杉葉は香りも良く火力も強く一発点火です。
朝起きて早く燃やしたい時に必要になる。
籠一杯で1週間分かな。ついでに細いタキギも。
勿論、若山楮の釜焚きは早朝の4時に火入れしますので、毎年この杉葉でやります。
やれ、段ボールがええとか新聞紙がええとか言う人が居るけど
一年に一度の大事な作業だし、真っ暗で手元見えないし、一人だし(笑)寒いなんてもんじゃーないし。
良い香りで目が覚めます。
毎年時期になると「今年も集めよるかのう?」と元会長さん。
初めての年に杉葉で火をつけると言うと顔がほころんだのです「そんなことしっちょるのか?」って。
紙なんかより絶対良いのだと。昔は紙は貴重品でしたからね。そういう昔の所作大事です。

「長太は遊びに、おばはんはしばかりに」的な冬の朝。
何気に山菜のポイントも把握しながら(笑)
タグ: 蒸し剥ぎ
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2013年07月16日

雁皮

和紙の三大原料のひとつ雁皮「がんぴ」
先週楮の授業で、ある子が「和紙は楮、三椏、雁皮」と唄う様に言った。
びっくりしてなんで知ってるの?と聞けば「ネット」と。
先生より調べてる。
切れる鎌になってから子供達の「知る」意欲は膨らんでると私は思う。
なので授業に合わせて昨日秘密の場所で刈り取ってきた。
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あいかわらず、他の産地の事とか知らない私である。

いやー金茶色の樹皮。
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雁皮は有名な産地があり、ここらでは無理とおもってた20年前。
実は学生の頃好きだった和紙は鳥の子という楮と雁皮の混合の紙だった。

楮をやればやるほどに。。。。
「お前雁皮はやらんのか?」と必ず言われる。
「やるよ。やりたい!どこにある?」
そこから口が重たくなるんよ。。場所も曖昧。その辺〜と。
でこの20年やって来て、もうはっきり言わせてもらおうかな。

この辺りでは「雁皮」は子供の山文化のひとつだったと。

雁皮は栽培が非常に難しいらしく、成功した話も聞こえて来るけどあまり現実的ではない。
しかも生えるのは「蛇紋岩」という特殊な性質の土壌なのでそこら中に野良生えしてる楮とは違う。
杉や檜が植林された山には居ない。
楮は蒸して初めて皮が剥げる。
雁皮は。。。。。山で伐ってその場で剥ぐという性質なのである。


親達が冬になると楮を山から伐り出して集落で集まって最盛期には24時間態勢で蒸して剥いで。
出来上がった楮皮を集めに町から原料商がトラックでやってくる。

この時期、小学生の年長から中学生は山に入って雁皮を採る。親に言われたというより構ってもらえない時期だし自ら進んでやったみたいだ。
ノコがあればあとは何も要らない。
伐って生剥ぎして皮を背負って山を下りて、来てる原料商に「売った」
誰に聞いても20年間、「子供の頃にやった。お金に成ったから生えてる場所は絶対教えなかった」である。
その子供がそういう伝統がなくなっても50年たって80超えても「場所は秘密。欲しいか?採って来てやる」なのである(笑)

今日そんな話をして子供達に剥がせた。
楮と違って力が居るので2人一組にならんとできないことをすぐに覚えた。
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先生もハマる。
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「丁度君達くらいの年頃にみんな山へ入ってこれを採ったんだよね。じいちゃんに聞いてみい。話してくれるよ」
すかさず聞いてきたね。
「今日剥いだこれで幾ら?」ぷぷぷ。。。だけど大事な事かもね。


「まあ楮より高い事は確かだよん」
だけど畑で作る事もできないし、生えてる場所は秘密だし、高いだけの事はあるのよと言うと。。。
「じいちゃんに聞いてみよう」と男の子。


50年前までは山に子供達が入って採ってた姿。
ただ単に採ってただけではないだろう。そこにはいろんなドラマがあったに違いない。
年長者はくっついてくる小さき子の面倒も見なければいかなかっただろうし。子供ながらに脱線して面白い事もあっただろうし。
そうやって山で育つことが在ったんだなあって。

雁皮が人間が簡単に栽培できなくて良かったなって今日ふと思った。
しかもこの辺りでは雁皮と子供がセットなのである。
私がしってるおんちゃんは中学くらいで「雁皮が生えてる所の匂いがわかるで」と言った。
そういう野生というか植物の精と一緒くたまみれになる子供時代を過ごしてることがどれだけ羨ましいか。。。
なので雁皮は栽培できぬ山に入る人にのみ与えられる至福の存在であって欲しい。
少なくとも私はそういうふうにやりたいし、やっていくだろうと思う。

雁皮の紙は漉いてる時も恍惚となってしまう。

はてさて秘密の雁皮の在りか。。。子供達を本日スイカで釣ったりして少しでも知りたい私です。
楮作って地域起こししてるはずなんだけど、どうしてもこういう雁皮みたいな存在が出て来ると。。。
ちょっとレールはずれてしまうのよなあ。。だってそこにこそ物語がありネイティブの暮らしが見えて来るから。
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2013年07月02日

七月

ハレハレ本舗の暦もひとめくり。
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文月、葉月に選んだ七十二候は「大雨時行」
猛暑になるのかな、今夏も。。
時々雨が欲しい所。この大雨というのは台風でもあるのですね。
災害は嫌だけど気が引き締まる様な天の采配は必要。
そして作物にとっては雨は大事ですからあまり嫌わない様にとも思います。

さて7月最初の楮授業の日。
今日も曇りでしのぎ易い日でした。

本物の草刈り鎌を使った3回目。
1回目は私は休みでしたので2回目に様子を見てた。
それまでは草削りという物でやってきたのですが、、楮の畑は除草剤も入れず耕してもいないので、草が丈夫。
草削りはこの畑では役に立たず、子供達は結局力入れて抜くのであります。
「抜く」ことに対して私は抵抗があったので先生にお願いして鎌を持って来てやることに。
なぜ抜いてはダメなのか?
そこら辺の山をみてごらん?土が裸になってる所はないでしょう?
雑草というけど、それぞれに仲良く住んでるのが大地です。
だから上の伸びた草は刈るけど根っこは残します。

さて2回目の時結局子供達は鎌を放り投げて抜き出した。。。
なので鎌を見せてもらったら。。。刃がぼろぼろ。錆び付いてて切れるわけもなく。
なので1週間預かってスタッフに研いでもらいました。

切れない鎌のときは振り回すわ、刃先をいじるわ、石垣にぶつけるわ、飛ばすわの恐ろしい数々だった。

今日日本刀のように研がれた鎌を見せて「ええかあ!!先週みたいな事やってたらざっくりやで!!カット判持って来たか?」と
脅しを入れました(笑)
そして実際手渡されてカバーを取るときから、もう怖々、すげーと振り回す事もようやらん(笑)
刃物を怖がって慎重に扱うことをすぐに覚えた。

そして。。。。
畑に入って刈り出したら。。。

もう笑いが止まらないくらい綺麗に刈れる。
一斉に凄い勢いでシャカシャカと刈り出した。
この女の子は少しコツを覚えたらもう完璧。
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毎度遊んでしまうイケメン男子
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刈った草を綺麗に株元に寄せるとか。。。石があったら避けるとか。。。
手つきも見事でずっと集中してた。聞けばソフトをやってるとかで手首のスナップが利く。
最後には筋肉のある腕を自慢してた(笑)
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この子も
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この子も
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そしてせんせ〜〜。めちゃはまってて生徒そっちのけ。
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細かいコツを教えると上手になるのが面白かったと見えて上達の早い事。
畑にある石を自分から取り除いたりと目覚ましい進歩。
本物のきちんと大人が使う物と同じ物を使わせることがどれだけ大事かと私達は嬉しい限り。

ぶよに刺された子が痒いというので。。
ヨモギの葉っぱの汁をつけると腫れないよと教えるとみんなすぐにやり出す。
3週前の持って行った枇杷がよほど美味かったのか。。
「食べれるもんなにのかな?」という子。
せんせーが「あの楮の実は食べられるんですか?」と聞くから
「食べられますよ」というと。。。
一斉に大木の楮の実を食べ出した。みんなが満足するまでスタッフは高い所にある枝を引っ張っていなくてはいけない(笑)
まるで猿の様に群がる子供達だ。

小さい畑の中や周囲でそこらにある実を食べたり、草を引いて質問して来たり、気に入った雑草を根っこごと引いて家で植えるという子
今まで観てたそこらの世界が別物に見え始めたようで目が輝いて来てる。

私も10歳の時に始めて田舎で暮らしたあの時期、なにもかんもを身体で吸収したのである。
一番スポンジ状態の最後の年頃の6年生。

今日はほんとにありがとう。
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2013年05月27日

梅雨入りまでカウントダウン

雨が少ないこの頃。昨年は毎日スコールで青空の中の雨でここはインドネシアか?とさえ思ったが。。
一転して今年はカラッケツ。
田んぼはとうにカラカラ。苗床のある一枚だけ死守(笑)これが可笑しいのだが。。今までで一番色が濃い。なんでや?

さて2週間ぶりの若山楮。
ほんとに芳賀君頑張ってる。
過去に楮畑を手伝ってくれたり一緒にやって来た中でピカイチだ。
2年目。高知の楮の癖を把握して自分で調べたり観察したりしながら一人で黙々とやっている畑はどこも入ると良いバイブレーションで楮達が安心してるのが判る。
もう楮に話しかけてますから。。。
小指ほどの小さい苗も残して来たのに、今日の剪定では思い切った刈り方でブラボー!
声が聞こえてるんだと思う。
その先に漉く自分があるのとないのとでは全く違ってくる。
ただ言われた事だけをやるのではなく、「段取り」が身体に入ってないとできないのがこの間引き。

さて、本日あちこちに散らばってるひとつのエリアでこれを発見。
いつもなら、ちょっとした事でもナーバスになる彼。
今日もクワカミキリもどきを見つけて私の目の前で潰した(笑)ぎょえ〜。「こいつが!こいつが!」である(笑)
なのに、この葉っぱの異変にはあまり反応しないので不思議だった。。。
経験しないと判らないことってあるんだなと妙に感じ入った。カミキリムシやカイガラムシよりもっと私はこれが怖い。(笑)
だから私は内心動揺してるがなるべく押さえることにした。
騒がず昼寝も一緒にしたら。。長太も一緒に寝たのだが。。うなされたよ、、、。

私がナーバスになったら小さい問題は化学反応してヤバい方へ行くから。
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私にとっては悪夢の再来でして、これが。。。
今でこそ鹿に全滅されちゃったけど
5年前に全滅の危機があったのだ。
もう人生が危機に陥っていた9月の終わり。
台風が過ぎて畑に行くと葉っぱが全部真っ黄色になって枯れてる。
え?嘘?畑に入って腰が抜けた。何これ?!である。
調べたら「黒星病」らしく、恐ろしい事ばかり書かれてあって。。。
いろんな方に聞けばもっと恐ろしくて「もうダメ!手放して次の畑を探せ!」と。対策教えてくれる人も居ない。ダメダメなのである。
泣き言をブログに書いたら。。。。
とある方からメッセージ。
「泣くのはやることやってから!明日から指示するから作業後毎日写真をアップしなさい」と。。。
藁にもすがるとはまさにこのことで。。。
一ヶ月毎日畑へ行き指示されることをとにかくこなす。。。
半端ない作業である。いつ終るのだ?こんなんで収穫できるのか?
もっとやばいのは身体が限界に来てて、意識が飛ぶ様な日もあり写真をアップできない日があると。。。
「何やってんだ!楮の悲鳴が聞こえないのか!!」である。。。
かくかくしかじかと言い訳すると
「身体あっての仕事だから無理はするな」である(笑)
畑からPCに写真アップしてそのまんまそこで寝た日もあった。
「君は楮を栽培してるのではない。たまたま優秀な楮に助けられて来たんだ。そろそろ栽培してるという自覚を持てってことなんだよ」

この年、細いけどなんとか収穫できた。体重は10キロくらい落ちてしまった。
もうダメだよ手だてはないよと言われた畑はその後3年間見事な過去最高の原料を与えてくれた。
そして栽培に目覚めたこの年に若山楮が立ち上がったのだ。。。
そして楮に振り回されて気がついたら人生終わりかなんて事はどうでもよくなってしまって、それどこらじゃないことに突入してしまう。
おかげで体重は10キロ戻り、若山楮は7反までになり見事な畑の今年である。
これ以上無いというスタッフが福島の原発から逃げて来て近くに落ち着いたのもご縁。
私と彼は同じ親方の元で修行してる。
親方が昨年天国へ逝きなされ、2人揃ってお別れができたのも。。もう自分達だけで何かやってるという次元を超えてるなあって。

一見見事な采配で進んでいるのだが。。。
今日のこの楮を見つけて。。。。
あ〜まだ学べってことがあるんだと気が引き締まってしまったよ。
単に地質的な事、天候的な事だけじゃないんだ。
自分の状態も今一度見直そう。

楮に助けられて足下見つめる事ができて
生きてるって何や?といつもいつも教えられてる。
ただ紙漉いていたいだけなのに、進む道標はいつも楮が数歩先に居る。
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2013年05月15日

子供達の手

若山楮は今年度は更に縮小して2人です。
昨年4人でジャングル状態を開墾したり、冬には株を掘りあげ移植したり。
鹿対策の鉄柵も述べ1kmという張り巡らし。支柱を買うお金がなく不要になった角材を大量に貰い、それを電のこで杭にして
人力で打ち込むなどという作業は。。。まるで西部劇の開拓さながらの若山楮。

そうやって鉄柵に囲まれた畑は「刑務所」みたいで自然豊かな景観にあって人間の方が策の囲いの中へ入っていくみたいで
なんだか複雑な気持ちだったんですが。。。。
移植した楮は7割が芽吹いており、おそらく9割は出るかと。
植物というのはほんとに敏感で、3年前の移植作業では囲いがないために、イノシシや鹿にやられまくってしまった。
そんな中生き残ったのは3割でした。
今年は移植も頑張ったけど、やはり囲いがあって「出ても大丈夫」と楮が安心してるのが痛いほど伝わってきます。
改めて昨年度の3人には感謝です。
そしてそれを無駄にすまいと小指ほどの幼い芽を大事に大事に世話してる今年度の芳賀君。

一方私は一昨日から3年前の若山楮を漉くために原料処理。
まだ自生楮が混じってる頃の原料。
それでも小学校の協力を得て水中で晒した原料は普段晒しをしてない私の幡多楮の原料と比べても格段に違う。
白さを求めること。
漂白剤なんか使わなくてもここまで透明感のある白さが生まれる。
感動しつつ今日から漉き始めています。

小学生の「授業」なんですが、私的にはもう立派な職人さん達。
自然農ということも教えて行きたい。
雑草を刈り取ってそれを株元へ敷いてやりそれが土になっていくこと。
虫達が沢山居てそれが役にたってる事。
何よりもかぶれたりせず、素手で土を触れる事。

「校長先生が許してくれたら・・・」と今2人で話してる事。
すっぱり切れる「鎌」を使った作業にしたいということです。。。切れない「草削り」を持って来る子供達。
怪我を恐れてのことなんですが。。。
どの道、冬の「へぐり」ではすっぱりと切れる本物の包丁を使わせます。
切れない道具を使って無理な力加減を覚えてしまってから「本物」になった時の怪我はもっと怖い。
果たして来週、校長先生許可してくれるかなあ。。。
子供達が怪我する事より先生の方が心配なのであります。
子供達のみならず先生という大人達にも知って欲しい事が沢山あります。
そして、子供達のスケッチを見てて自分も久しぶりに記録として鉛筆で描くということがやりたくなりました。
紙漉を始めたのは絵を描いてたから。学んでいたから。
でも紙漉になって絵筆を折りましたん。。。
久しぶりに描きたいという欲求が。。。有り難い事です。先生、子供達に教えられているのは実は自分の方なのであります。

若山楮のブログですhttp://blog.goo.ne.jp/wakayamakouzo
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2013年04月01日

吾北にやられました。その2

若山楮、土日返上でやっている鉄柵張りもあと一息にまで。
同時進行の株の移植もあと一息まで。
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一枚持つのがやっとと言う重たい鉄柵を畑まで運んでの作業は想像を超える大変さ。
それをスタッフ2名がやってのけた。。私も1〜2日やったけど、、顎が出たです。
これを3月は休み無くやってきたのだから頭が下がります。

さて、年度末の昨日
2月にへぐり講習会で御世話になった吾北へ再び。
今回は若山楮のサンプルを若手の紙漉さんへ手渡しに。
漉いてもらってアンケートに答えてもらうのです。
自画自賛で来た若山楮なので、やはり漉く人の意見が必要。
私も同じ幡多の楮しか使ったことがないから、比較ができません。
日頃、輸入原料や他の地域の国産を使ってる紙漉さんの意見を伺うことが大事。
「吾北でのまつりに参加してるのでそちらへ来て下さい」とのこと
一路、桜の花吹雪の中、スタッフのおばちゃんと吾北へ。

まずは祭り会場へ。
日本一の椿の花見祭りです。
言われないと、これ椿とは思えない。
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本山町に近い、ここではスティールパンというラテンの打楽器が盛んで、賑やかでした。
そして食べるものも美味しくて。。。イタドリのピザとか手打ちうどんとか。。。

吾北行きではもうひとつの案件。
2月の時、「うちにむか〜しの楮があるんで、やるよ」と言われていました。
それを頂くのであります。
行くと。。。。
そこら中にゼンマイを干してる。その量たるや山のようです。
聞けば農協に納めるのだと。そう私達のような自給のためではないのです。
つくづく、山の仕事だと思った。
「中国から入る様になって、値段が下がっていたが、ここんとこ少し戻ったよ。やはり日本の方が美味しいんだろうね」と
そりゃーそうだ。
羽釜で薪で湯がいて、天日干ししながら手で揉むんだもの。。。
そして出て来た楮。
ええ〜これくれるんですか??
きれいにへぐった白皮。
60代のご夫婦の「おばあちゃん」の時代にへぐったと。。。
しかもこれ。
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1本づつ編んであるのです。これは高知でも一カ所だけと思ってたやりかたなので驚き。
こうやって編んで、川で晒すのです。
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つまり何通りもの吾北の楮を頂いた。
幡多の楮を漉いてもらう私に吾北の楮で漉いてみてよということです。
う〜ん。。漉くのが勿体ない。永久保存したい(笑)

おじちゃんがぼそっと。。。
「もうここらの楮、農協が集荷を辞めたので売り先がないんだよ昨年から。良ければ買って欲しいのだが」と
びっくりして「じゃー今年はどうするんですか?」
楮は毎年刈らないとだめ。間をおくことができない。
奥さんが「おがらで風呂とかやってきたから、おがらがなくなるのも困る」
そう、楮をずっと作って来た産地の山の暮らしになくてはならない楮。

一方、タイなどの輸入原料にもいろんな動きがあるらしく「手間賃考えると採算が取れなくなってきてるらしい」と聞きました。
そりゃーそうでしょう。幾らタイが安いと言っても、そこらあたりの事は気がついて来てる。

手仕事は人の手。
すこしでも安くという発想はもう通用しなくなってきてる。
ちょっと返す言葉がなくて、考え込んでしまいました。
ひとまず、少しでも買い上げさせて頂こうと思います。実際、自分の昨年の原料は無いのだから有り難いことです。
そして有名な産地の楮で漉くという初めての事にドキドキです。

こっちとあっちの楮が行ったり来たり。

なんとか吾北の楮を残そうと頑張っておられる方々が居ます。
どうぞ、吾北の楮が存続していきますように。

帰りの山の中で野生の三椏が咲き出していて美しかった。
スタッフのおばちゃんが「ここらはこんな山なのに荒れてない。ちゃんと人の手が入ってる」と感心していました。
村や山の状態はそこに暮らす人々の心がはっきりと現れるものなのです。

あ〜いや〜あかんわ〜。
今日は家の周囲の草刈りですわ。。。。
posted by ハレハレ本舗 at 10:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業

2013年02月09日

吾北にやられました

先日の伊野町の工芸村での蒸し剥ぎに参加して「へぐり講習会」があるのを知って速攻で申し込んだ若山楮です。

本日もまたもやはようから出発。
賑やかなスタッフのおかげで、昨日の疲れも吹っ飛びます。
目指すは吾北。
もう山の中、山の生活。景色が一変して来て川の姿も別物になる。
広いたおやかな仁淀川は此処らあたりになると険しくも透明度が半端ないです。

さて書きたい事は山の様にあります。
今日一日で盆暮れ正月がいっぺんにやってきて、普段知りたい情報が竜巻のごとくで。
まさに皿鉢料理てんこもりのはしごだった。。。。
そう皿鉢料理の料理が「紙の事」
ちょっと消化するのに時間必要(笑)
さすが、和紙の原料の産地日本一やわ。。。そして若手の紙漉の友人達に仰山逢って。。。
紙漉の事でも刺激を沢山もらったで、、、またも頭は沸騰。

残したい和紙の風景に出会った。
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私達も中山間地域だけど、スタッフのおばちゃん曰く「ここはどうやって暮らしてるねん?』と思うくらい山が迫ってる。
平地がほんまに無い。
蒸し剥ぎされた楮の黒皮が日当りの良い川っぷちに干されてる。
その下の川の透明度は目眩がするくらいである。一方の写真撮った道路脇の崖には、、、つらら。。。昼過ぎですよ?
高知の豊かさはこの高度差ではないかなと常々思ってます。
亜熱帯のエリアからかなりの高度のあるところまで、結構一気ですね。
だから植生豊かです。
話しそれますが。。この川なら美味いイワナが絶対居るね(笑)

さて肝心のへぐり講習会。。。
ちょっと落ち着いてから書いた方がよさそうです。
一番感動したおじちゃんの姿。
P1000537.JPG
足下注目!
裸足で親指の間に楮を挟む。
昔西表で原始的な島の機織りを見たのですが、大きな木に身体を縛って、身体の前後の動きを利用して機織りです。
大きな道具もなーんもいらん。
気に入った浜辺で気に入った木を見つけて身体の動きを使った仕事。

このおんちゃんの手さばきはまさにそれ。
足指と両手と腰。
これが全て、見事としか言い様が無い。。。

それから比べたら椅子に座っての作業は一見楽かもしれないけど、、どーなんだろう?って思った事でした。
深い。。。あまりにも深い。。。
先人達のおそらく消えてしまうだろう技を見てて。。放心でした。
おまけに帰りがけに寄った蒸し剥ぎやってる家がこれまた。。。
「紙漉さんなら原料残ってるであげるよ」と聞けば30年くらい前の代物らしい。。
失神しそう。。私よりもっと適切な紙漉さんがいるのでとは言ったですが。。。
日頃、食べる物貰う物でほぼ賄い、作る事もしてる。
だけど紙の原料だけは。。自分で作るしか無かったこの20年近く。。。
それが、、、え?え?大根や白菜みたいに「やる」って?
どんだけ豊かな人達なんだろう。。。人のこの懐の豊かさが高知なんだと改めて思う。



とにかく、明日は若山楮の最後の蒸し剥ぎ大会を海辺の日曜市にてやります。
やってみたい方は黒潮町大方地区の西南大規模公園の体育館前の芝生へ。
9時から2時までやってます。
いやーもう、もう一度全部の年間作業洗い直しだ。
高知の豊かさの神髄見た感じです。

さ、工芸村のある道の駅で売ってる漢方生薬のお風呂で今夜は〆。

posted by ハレハレ本舗 at 20:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 楮栽培復活事業